Twitterに投稿した映画の感想を毎週更新(2022年3月開始)

★ドント・ウォーリー

原題 Don’t Worry, He Won’t Get Far on Foot
製作年 2018
製作国 アメリカ
監督 ガス・ヴァン・サント
脚本 ガス・ヴァン・サント
音楽 ダニー・エルフマン
出演 ホアキン・フェニックス、 ジョナ・ヒル、 ルーニー・マーラ、 ジャック・ブラック、 マーク・ウェバー、 ウド・キア

風刺漫画家ジョン・キャラハンの伝記ドラマ。泥酔したキャラハンは、同じく酔っ払った友人の車に乗って事故に遭い、胸から下が麻痺して車いす生活を送ることになる。非常に癖のある主人公が織りなすストーリーをガス・ヴァン・サントが映画としてうまくまとめた作品で、ありきたりの伝記映画ではない仕上がりになっていてとても面白い。もとはロビン・ウィリアムスが自分で演じるために自伝の映画権を買い取り、ガス・ヴァン・サント監督の『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)に出演した際に脚本を依頼したもの。ロビンが2014年に亡くなったことで企画が再浮上し、ホアキン・フェニックスを主演に迎えて出来上がりました。

魂でも売り渡す ここから救ってくれるなら

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キャラハン役を熱望していたロビン・ウィリアムズの心を継いだのは、3度のアカデミー賞ノミネート経験を持つホアキン・フェニックス。この翌年に「ジョーカー」で主演男優賞を受賞しますが、この映画での熱演ぶりもすごい。

乳児のときに養子縁組されて5人の兄弟と共に育ったキャラハンは、12歳でアルコールを飲み始め、「人生でやるべき最後のことは酒をやめること」という自堕落な生活を送っていた。21歳の時に胸から下が麻痺するという自動車事故に遭い、失意のどん底の中でリハビリセンターに向かうと突然天使が現れます。さすがに現実ではボランティアがこのタイミングで、このシチュエーションで、この服装で、真っ赤なバラの花束を持って登場するはずないのですが、ジョンにとっては正にこの映画のアヌーのようなイメージだったんでしょう。

ジョン あなたは特別な人よ

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(キャラハン)俺ってハンサム?
(アヌー)ええ、本当にハンサムよ。それに強いわ。素敵な人生を送れる。
(キャラハン)そう願うよ。神様にお祈りしてる。ディケンズの主人公みたいに神と約束して、悪魔と契約した「ローズマリーの赤ちゃん」のような恐ろしい運命を変えたい。
(アヌー)神様には何て?
(キャラハン)どうか俺を麻痺させないで。
(アヌー)悪魔にはなんて言った?
(キャラハン)魂でも売り渡す… ここから救ってくれるなら…

君の酒の話を聞こう

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プライドが高く、現実を見つめず、アルコール依存症の原因を自分を捨てた母親に求めていたキャラハンは、AA(Alcoholics Anonymous:禁酒のための援助グループ)に参加することで徐々に変わります。主催者であるドニーの俗人ぶりが面白い。親の遺産で裕福に過ごし、NYのパーティーに繰り出し、自堕落に見えつつアルコールには二度と手を出さずAAの参加メンバーを上手に導いていくリーダーシップや包容力も持っている。ドニーがいなければこの映画は成り立たず、キャラハンの半ブラックな個性が際立つだけだったかもしれない。
AAでの活動を通じ、絶望のどん底でもがき苦しみ、自分を見つめ直し、過去の自分や母親への葛藤を赦しに変え、迷惑を掛けた人達に対して感謝を表すまでに変わっていくキャラハンの姿が、この映画の一番のプロットです。

週末に好きなだけ飲む。身障者に優しくてタダで飲める店があるんだ。

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この映画は単なるサクセスストーリーではなく、本当にダメで嫌味で現実を認めない男が偶然の出会いやちょっとしたきっかけで才能(好き嫌いは別として)を開花させ、批判にも屈しない頑固さと情熱で人生を立て直していくリアリティな「生き様」で訴えかけてくる。彼の書く漫画は過激な風刺。社会的弱者を笑いものにするようなものも多い。どんなに批判を受けても「批判上等、無視されるのが一番怖い。健常者の批判なんて気にならない、気にしているのは社会的弱者の意見のみ。」という腹の座りよう。アルコールからも脱却しきれず、しばらくは自堕落な生活を送り続けていた。そんな弱くて嫌味な人間の「ありのまま」の姿が描かれている。そんなストーリーに、ガス・ヴァン・サントの人物の掘り下げ方、そして温かみのある映像が非常にマッチします。

弱いほど強い人間になれるんだ

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どんな人でも、正しく自分を見つめなおせば変わることができる。
これがこの映画が伝えたかったことなんでしょう。ドニーもキャラハンもどん底の状況から抜け出し、変わることができ、穏やかな心境で過ごせるようになった。ただ、すべてがハッピーではなく、2人とも過去の過ちによる重荷を背負って生きていかなくてはならない。それも受け入れた上で今がある。

映画にも出てくる12のステップはAAの手法で、広範囲に有効なため今では様々な組織に取り入れられているそうです。最初のステップは「自分が無力(powerless)であることを表明し、その強迫性・衝動に対してセルフコントロールを失っていることを受け入れること」。アメリカ発祥なのでスピリチュアルで宗教的な部分もありますが、確かに応用は効きそうですね。

すごいエネルギーが湧いてきた
そして突然 自分の進むべき道が分かった

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キャラハンの描く漫画は1983年から27年後の彼の死まで、地元ポートランドの新聞Willamette Weekに掲載されました。彼の漫画はときどき物議を醸し、ボイコットにも繋がったそうですが、掲載し続けた新聞社の英断に感謝ですね。
キャラハンは自分の作品を政治的に間違っていると批判した人々を嘲笑し、「度を超えているかの唯一の判断基準は、車椅子の人や手がフックの人からの反応だよ」と言いました。また、社会的弱者が同情的に扱われることを本当に嫌がったそうです。ジョン・キャラハンのホームページが残っていたので参考までにリンクを張っておきます。

「お問い合わせメール」の見出しが「Hate Mail(嫌がらせメールはこちらへ)」になっていたり、コンテンツ紹介は「FREE! FREE! FREE!」と書かれているところが彼らしい。

 

ジョン・キャラハンのHP:
https://web.archive.org/web/20190207160742/http://www.callahanonline.com/index.php

メイキング: