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★シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!

原題 Edmond
製作年 2018
製作国 フランス
監督 アレクシス・ミシャリク
脚本 アレクシス・ミシャリク
音楽 ロマン・トゥルイェ
出演 トマ・ソリヴェレ、 オリヴィエ・グルメ、 リュシー・ブジュナー、 トム・レーブ、 クレマンティーヌ・セラリエ、 ジャン=ミシェル・マルシァル

1897年に誕生し、現在に至るまで上演されつづけている戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」の誕生秘話を描く群像喜劇。スランプに陥っていた劇作家エドモン・ロスタンは新作を手掛けることになるが、実在の人物が主人公の喜劇ということしか決まっておらず、残り3週間で台本を書き上げなくてはならなかった。パトリス・ルコントの「リディキュール(1995)」を彷彿とさせるエスプリ満載のフランス映画。テンポよくセリフが飛び出し、常に人が動き回り、最後まで楽しませてくれる。アレクシス・ミシャリクはこれが初監督とは思えない出来栄え。「恋におちたシェイクスピア(1998)」から着想を得ましたが、映画化の資金調達に至らず最初は演劇で上演していました。その演劇が5つのモリエール賞を獲得するなど好評を博し、ようやく映画化に漕ぎつけたそうです。

あなたは机で筆を執り 傑作を書き上げる 書きたまえ私の詩人

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「シラノ・ド・ベルジュラック」は1897年から今日まで途切れることなく公演され、多くの有名なキャストと共に映画でも何度も上映されました( 最も有名なのは1990年のジェラール・ドパルデュー主演の作品)。
その名作の生みの親が、若手の劇作家で詩人のエドモン・ロスタン。詩的な演劇を得意としていましたが、作品は酷評されスランプの真っ最中。家族を養うためにも挽回する必要があり、ある女優の紹介でコメディの名優コクランにお願いすることになります。ただし条件は2時間後に脚本を持っていくこと。無理な要求に頭を抱えてカフェに入ったロスタンは店主のオノレから主人公のヒントをもらい、ぶっつけでコクランに話をするが、コクランの依頼はもちろん喜劇。更に年内に収入を上げないとコクランの役者生命も終わってしまう。白紙の脚本のまま残り3週間。
女優の気まぐれ、プロデューサーの要求、妻の嫉妬、親友の恋の行方、問題は次々と起こるが演劇の準備は一向に進まず、ドタバタのまま初日を迎え、果たしてどうなってしまうのか?

詩人で、立派な、大鼻です…

いいね!

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このドタバタ劇のもう一人の主人公コクラン。まさしく喜劇役者!な風貌・雰囲気・性格・立ち回りが最高!
脚本家生命が消える寸前のロスタンでしたが、同じく役者生命が消える寸前のコクランにとっては渡りに船。結果はどうであれ、とにかくロスタンに脚本を仕上げてもらうしかない。喜劇を書いたことがないロスタンに「喜劇を書け!」とけしかけたコクランの勝ち。シラノ・ド・ベルジュラックの役だと聞いて「それ誰?」。「詩人で立派な大鼻です」と聞いて即座に「いいね!」と返す適当さ。でも劇には人一倍の情熱をもって取り組みます。だって、後が無いから…

私が闘わずに店を維持できたと思うか?
黄金は君たちの手にある  すべてを懸けたか? 芸術家ども無法者であれ!

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裏で支える立役者の一人がカフェの店主オノレ。常に重要な場面で登場し、毅然とした態度、堂々とした立ち振る舞い、温かい笑顔、博識ぶり、そして熱い言葉で皆を奮い立たせるリーダーシップと、とても素晴らしい演技でした。ジャン=ミシェル・マルシァルという役者さんですが、もっと観てみたい割には情報が少なく有名ではない模様。残念…
映画の中のオノレとは一体誰なのか? ミシャリクによると実は彼こそが作家、哲学者、理学者、剣術家など多彩な才能を持っていたシラノ・ド・ベルジュラックの化身なんだそうです。鼻ではなく肌の色というハンディキャップを持たせて登場させたのだと。なるほど、だから悩めるロスタンにヒントを与え、公演が危ぶまれる状況で役者一同を激励するなど、この劇の裏で支え続けているんですね。

あなたの名前が心の中で鈴を鳴らし、私を揺さぶる

それが恋よ 私は陶酔している

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裏で支える立役者のもう一人がジャンヌ。ロスタンと会話や手紙で軽妙なやりとりをすることでロスタンのアイデアを生み出し、物語を完成させるためのミューズになります。
この映画では衣装係の役でしたが、役名のジャンヌ・ダルシーは当時実在した女優と同姓同名で、その女優は世界初の映画監督ジョルジュ・メリエス(月世界旅行)の奥さんなんです。実はシラノ・ド・ベルジュラックは1600年代に「月世界旅行記」を書いており、メリエスを含む後のSF映画の元祖ではないか?と言われているそう。恐らくそういう繋がりで付けられた役名だと勝手に思ってます。
そしてロスタンの親友レオとの三角関係は、シラノ・ド・ベルジュラックの中の三角関係を表しているそうです。

役者に明日などないわ
あるのは観客と芝居とその瞬間のみ

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シラノの相手ロクサーヌを演じるマリア。大女優らしく不満をぶつけながら真剣に喜劇を演じる様子が面白い。なんだか途中から室井滋に見えてきた。と思っていたら、文字通り初日にまさかのオチ。そこからカーテンコールまでのドタバタ演技がけっこうツボでした。体張ってます。
ちなみに映画に出てくるジョルジュ・フェドーという作家は監督のアレクシス・ミシャリクが演じています。出演する監督は多いけど、ミシャリクも元は俳優なんですよね。

これが1987年12月27日の出来事
40回のカーテンコールの後、幕を下ろさぬまま役者たちはパリの通りへと連れ出された

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特にフランスの演劇史に情熱を注ぐ観客にとって、この映画は喜ばしいことでしょう。エスプリの効いたテンポの良い煌びやかな対話、状況やキャラクターに基づくユーモア、そして映画にパワーを与えた俳優陣の熱演は非常に魅力的でした。演劇のメイキング映画という筋書きを超え、もはやフランス演劇もしくは劇場に対するラブコールであり、120年前の演劇に関わった人々への愛情深い賛辞です。この映画のもう1つ優れた点は、ムーランルージュに代表されるようなパリが華やかでカラフルに彩られた19世紀末という時代を再現したことです。

偉大なる演劇に対する深い愛情を感じた非常に楽しい映画でした。

 

公式HP:
https://cyranoniaitai.com/

予告編: