| 原題 | Gladiator II |
|---|---|
| 製作年 | 2024 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | リドリー・スコット |
| 脚本 | デヴィッド・スカルパ |
| 音楽 | ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ |
| 出演 | ポール・メスカル、 コニー・ニールセン、 デンゼル・ワシントン、 ペドロ・パスカル、 ジョセフ・クイン、 フレッド・ヘッキンジャー、 リオル・ラズデレク・ジャコビ |
偉大なオリジナルの続編は、常にオリジナル “影” でしかない良い例かもしれません。
特に前作の主演も出ず、10年以上経ってから作られた続編に勝ち目は無い。
出演しなかったラッセル・クロウの判断が正しく、出演したデンゼル・ワシントンの勇気だけが救いです。
デンゼルは映画をさりげなく持ち帰り、自分のものにしてしまう達人だ。
なぜオリジナルの『グラディエーター』は面白かったのか?
パッと思いつくのはラッセル・クロウとホアキン・フェニックスの強烈な “存在感” と “対比” であり、続編はデンゼル・ワシントンを除き、主役と悪役の存在感や対比がない。
また、もっと主役・悪役の内面に迫っており、ラストは共に命を落とすドラマがあった。
戦闘シーンはそこそこの迫力に留めており、リアルな虎1頭で十分スリルを演出していた。
今回は心理的に感情移入できる要素が少なく、戦闘シーンはヒヒと怖くないサイ、”絶対にそれ無いでしょ” というサメの大群が登場する。
(ヒヒとサイは史実にあるそうだが、あの映像は映画的でやり過ぎで、もはや “奇妙” に見えてしまう)
地獄の門は常に開いている
下る道は平坦で苦労なく進める
冒頭で繰り返される詩の一遍は「続編という下り坂の先は地獄しかない」という意味で、この映画を指しているとしか思えない。
個人的にはリドリー・スコットは敬愛する監督ですが、なぜこの続編を作ろうと思ったのでしょうか?
もはやライフワークのエイリアンシリーズは置いといて、ここ最近(特に『ナポレオン』)の作品が適切な評価を得られていないので、「だったらオスカー5個獲った名作の続編作ったるわ。文句あっか。」と思ったのかもしれません。
ですが、結果的に私は『ナポレオン』は大好きですが、この続編を作ろうと思ったことは監督の判断ミスだと思っています…

なお、冒頭で迫力の「投石器シーン」が出てきますが、同じリドリー・スコット監督の投石器映画の名作『キングダム・オブ・ヘブン』には遠く及びません。
グラディエーターⅡ