★はちどり

原題 House of Hummingbird
製作年 2018
製作国 韓国
監督 キム・ボラ
脚本 キム・ボラ
音楽 マティア・スタニーシャ
出演 パク・ジフ、 キム・セビョク、 チョン・インギ、 イ・スンヨン、 パク・スヨン、 キル・ヘヨン

国内外で50を超える映画賞を受賞した韓国初のヒューマンドラマ。
孤独な日々を送っていた14歳のウニは、ある日新しい女性教師ヨンジと出会い、次第に心を開いていく。

前日に「パラサイト 半地下の家族」を観ていたので2日連続の韓国映画でした。
どちらも家族や社会性をベースとしている共通項もありつつ、雰囲気はまったく違う。
前者はアカデミー作品賞に駆け上るほどの娯楽性もあるけど、「はちどり」の印象は非常に地味。
でも前評判どおり、素晴らしい映画でした。
私の中ではパラサイトよりずっと上。
映像・人物描写・時折挟まれるちょっとしたカットなど、どれも工夫され非常に緻密に仕上がっています。

これがデビュー作とは思えないキム・ボラ監督(兼 脚本)の今後にも期待ですが、この作品以降、映画を手掛けていないようですね…
ちなみにコロンビア大学の卒業制作で作った『リコーダーのテスト』は、『はちどり』の主人公ウニが9歳の時を描いた短編で、プロ未満の出来栄えながら何か惹かれる作品でした。

あんな子は大学に行けなくて将来は家政婦だよ

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1994年 ソウル。主人公は14歳のウニ。どこにでもいるような少女だが、学校に馴染めず、家庭にも居場所がない。でも恋人もいるし、親友もいる、両親は共働きで苦労しているが平均的な暮らしはできている。でも何だろう、この閉塞感。冒頭は学校や家庭内の描写が淡々と続いていくが、そのせいではない。きっとこれは高度経済成長期に日本も経験したであろう、社会のひずみや痛みなのだ。個性や立場や生活レベルによって様々な人生を送るのが当たり前だった時代が無くなり、生活や教育が均質化・標準化されることで逆に競争社会に変わっていき、インフレのせいで今よりお金を稼がないと生活が苦しく、よって親世代の気持ち、ひいては社会全体に精神的な余裕が無くなり、その影響を子供たちが受けている。私はその後の世代ですが、かつて日本にもあったそういう情景が描かれているんだと思います。

ソウル大に合格しろ 家族で祈れ

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ウニは優秀ではないけど平均的にはできる子です。でも学校で浮いていると「ダメな子」と言われ、家に帰れば学歴社会を押し付けられる。父は小さな食品店を営む自営業者ですが、自分の学歴や経歴を棚に上げて長男に現実以上の期待とプレッシャーを負わせる。社会はまだ典型的な家父長制で、父の権力は絶対。母親は見て見ぬふり。その閉塞感の下で一家は過ごさなくてはなりません。プレッシャーを受けつつ自分を奮い立たせる兄を横目に姉は次第に学校や仲間に居場所を作り、家で過ごそうとしなくなる。そんな家庭環境で育つウニの気持ちが痛いほど良く分かります。でもきっとこれが当時の「平均的な家庭」の姿。同じ世代に育った人は特に実感するのではないでしょうか。
正しい生き方って何? 分かる気もするけど分からない
でも悪いことがあれば うれしいこともある
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そんな時、漢文の塾でヨンジ先生に出会う。ヨンジは物静かですが、様々な世界を見てきた自律した大人の女性で、自分の考えをしっかりと持ちつつ、ウニを含めて子供たちの話にもしっかりと耳を傾けてくれる。実はヨンジも社会が変わりつつある中で挫折し、自分の居場所を探し求めて悩んでいるのですが、そういった部分は表に出さず、常にふんわりと前向きな言葉で支えてあげる。ウニは自分の話をきちんと聞いてくれるヨンジに少しずつ心を開き、もっと一緒にいたいと思うようになる。
しかし、明るいきざしが見え始めた矢先、今度は不幸にも病気に襲われる。ウニは淡々と現実を受け入れ手術を受けるが、大げさに嘆き悲しむ父が情けなくてウニは唖然、そして幻滅。
しばらく先生にも会えなくなるが、家族とも会わなくて済む。親友や先生との面会時間がわずかな幸福。映画の中でも淡々と描かれているが、この期間でウニは何を考えていたのでしょうか。心情に変化はあったのでしょうか。一つ一つのシーンが深いです。

なんであんな大きな橋が落ちるのよ

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お見舞いにも来てくれたヨンジ先生ですが、退院して塾に戻ると先生は何も言わず姿を消していました。その数日後、大きな橋が崩落します(実際にあった事故)。観ている人はここで「この話は決してフィクションではなく現実に繋がっているんだ」と気づかされます。重要かつ安全であるべき「橋」が落ちたという現実に、「大人が作り上げてきた世界は間違っていた」と思い知らされるのです。
ショックも冷めやらぬその翌日、ヨンジから荷物が届く。その住所を頼りに家を訪ねると母親が出て…
ウニは心にポッカリと穴が空くが、ヨンジに出会ったことで起きたわずかな変化を支えに生きていく。これからも日常は続き、一体彼女はどんな大人に成長するのでしょう。

誰かと出会い 何かを分かち合う世界は不思議で美しいわ

先生 私の人生もいつか輝くでしょうか

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この映画はキム・ボラ監督が学生時代に作った作品「リコーダーのテスト」の続編で、そこではウニの小学生時代が描かれている。監督自身が81年生まれなので、きっとウニは監督の分身なのでしょう。男性優位の抑圧された社会に閉塞感や疑問、理不尽さを感じながら成長せざるを得なかった女性の物語で、これは韓国だけでなく、実は世界共通の問題なのです。だから日本だけでなく他の国からも「これは私の物語だ」という声が多く聞かれるそうで、世界中から賞をもらったという事実にも頷けます。

ちなみにハチドリとは常に羽ばたく小さな存在で、希望・愛・生命力の象徴だそうです。素晴らしい作品でした。

 

 

公式HP:https://animoproduce.co.jp/hachidori/