| 原題 | Jockey |
|---|---|
| 製作年 | 2021 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | クリント・ベントリー |
| 脚本 | クリント・ベントリー、 グレッグ・クウェダー |
| 音楽 | ブライス・デスナー、 アーロン・デスナー |
| 出演 | クリフトン・コリンズ・Jr.、 モリー・パーカー、 モイセス・アリアス |
『トレイン・ドリームズ』のクリント・ベントリー監督のデビュー作。
一見するとスケールは小さいですが、これがデビュー作とは思えない、ベテランが引退間際に作った作品ではないかと見紛うくらい隙のない作品です。
映画のほとんどの時間は、競馬場や厩舎、牧場など、競馬にまつわる “狭い世界” で語られる。
実際にベントリー監督の父が騎手(ジョッキー)だったこともあり、その “狭い世界” の生活感がとてもリアルで、我々は俳優が演じていることを忘れてしまう。
登場人物を、まるで “その場に存在している人物” のように感じてしまうのです。
そして『トレイン・ドリームズ』でも撮影監督を務めたアドルフォ・ベローゾが、この映画でも映画用の照明を極力使わずして美的だが日常感あふれる映像を作り出します。
ストーリーは、”限界を迎えつつあるアスリートの人生” を中心に “親子の関係”、”ビジネスパートナーとの関係” を描いていく。
一流にはなれなかったアスリートが自らを鞭打ち、少しでも選手寿命を延ばそうと苦闘する。
しかし実際は心の奥底で “もう限界だ” と分かっている。
分かっていても、表面的にはその現実を受け入れられないのです。
とても危険な職業である騎手は、身体や健康が万全でなければ落馬して命を落とす。
だから周囲も、彼の身を守るために引導を渡そうとする。
それを彼は良しとしない。
だが最終的に、”もうこれでいいんだ” と彼は悟る。
そのきっかけが実の息子 “ではなかった” ガブリエルなのです。
血の繋がった子であろうとなかろうと、彼はガブリエルに自身を投影し、未来を託す。
引き際は決して美学的ではありませんが、精神的には “美しい引き際” だったのかもしれません。
ガブリエルにとっても、例えジャクソンは実の父でなかったとしても、”憧れの人” であることに違いありません。
自らの思い込みで混乱を引き起こしますが、この物語にとってそれは大きな問題ではなく、むしろ実の父子ではなくても一度生まれた絆を無に戻すことはしない姿に、逆に観客は健全な人間関係を見出します。
ガブリエルはジャクソンの人生を肯定し、ジャクソンもガブリエルの人生を肯定します。
これまで他人に人生を肯定されたことがなく、自分でも肯定してこなかった人生に、初めて認めてくれる人が現れた。
お互いにとってそれは、血の繋がり以上に重要な事だったのでしょう。
ルースはジャクソンの恋人ではありません。
恋愛関係にも発展しません。
それが逆に、この映画の “大人” なところなのです。
ベントリー監督は、何でもかんでも恋愛に発展させる映画業界の安易な風潮に流されません。
この2人は信頼と同情が半々のビジネスパートナーであり、それこそが健全な関係性なのです。
一人の名も無き男の人生を描く点は、次作の『トレイン・ドリームズ』と共通しています。
ベントリー監督はこれからも “名も無き人間” の姿を通して、狭い世界や広い世界を投射していくのかもしれません。
