| 原題 | Kika |
|---|---|
| 製作年 | 1994 |
| 製作国 | スペイン |
| 監督 | ペドロ・アルモドバル |
| 脚本 | ペドロ・アルモドバル |
| 音楽 | ペレス・プラド |
| 出演 | ベロニカ・フォルケ、 ビクトリア・アブリル、 ピーター・コヨーテ、 アレックス・カサノバス、 ロッシ・デ・パルマ、 サンティアゴ・ラフスティシア |
『アタメ』『ハイヒール』に続くビクトリア・アブリル三部作の3作目。
主演ではないのに、奇抜な出で立ちと独演で主役を喰ってしまう存在感はさすが。
そしてアルモドバル監督が過激に “悪ふざけ” できた最後の作品かもしれません。
この作品以降、アルモドバル監督の映画はより精度が高まり、映像の質も上がります。
そういう意味では、『キカ』は初期のアルモドバル映画のラストを締めくくる作品と言えるでしょう。
ストーリーや描写は一部から非難を浴びていますが、生き生きとした女性陣と不甲斐ない男性陣という色分けはこの作品でも際立ち、その甲斐もあって過激なシーンですらアルモドバルは笑いに変えてしまいます。
プロットはタイトルにもなっている “主人公キカに起こる出来事” と、”アンドレア・スカーフェイスという存在” の大きく2つあります。
ところがビクトリア・アブリル演じるアンドレアの存在感が強く、メディアと人々の関心の行く末を暗示するプロットも良く、この映画は『アンドレア』にすべきだったと思えてしまいます。
誰かの性的なプライベートを晒すことで、世の中の牛乳の売上が上がるのです。
視聴率のためなら個人を犠牲にするなど朝飯前で、手段を選びません。
見た目も内容も、過激であればあるほど人々の注目を浴びます。
過激な内容を放送するのが美人キャスターというギャップも人々を惹きつけます。
そこに “良識” は存在しません。
ではキカはどういう存在だったのでしょうか?
基本的にアルモドバル作品は “女性の映画” です。
そういう意味でキカは、他の数々の作品の女性主人公と同様、”困難の中でも前を向いて強く生きてきた女性” でした。
途中からアンドレアのサブプロットに追いやられますが、最後は解放されて新たな恋を見つけて旅立つ。
それがアルモドバール監督が期待する女性の未来なのでしょう。
