| 原題 | La Ley del deseo |
|---|---|
| 製作年 | 1987 |
| 製作国 | スペイン |
| 監督 | ペドロ・アルモドバル |
| 脚本 | ペドロ・アルモドバル |
| 音楽 | ベルナルド・ボネッツィ |
| 出演 | エウセビオ・ポンセラ、 カルメン・マウラ、 アントニオ・バンデラス、 マヌエラ・ベラスコ、 ロッシ・デ・パルマ、 ビクトリア・アブリル |
ペドロ・アルモドバル監督の6作目『欲望の法則』は、5作目『マタドール』で見せたサスペンスを拡張し、クィア要素と欲を前面に押し出した犯罪サスペンスとなりました。
アルモドバル映画の特徴である “鮮やかな衣装”、”様式美”、”ヒッチコック風の演出” は『マタドール』で開花しましたが、本作はよりレベルアップして次作『神経衰弱ぎりぎりの女たち』以降に繋がるスタイルが確立されています。
レッテルを貼り、既存の枠組みに押し込めることをアルモドバル監督は嫌ったように、この映画は単なるクィアや犯罪映画ではなく、描かれる登場人物のように生々しく情熱的で、自由であり反抗的な映画なのかもしれません。
基本的なストーリーは三角関係のもつれという使い古されたものですが、過度に性的な表現をすることで低俗さと凡庸さを拒否し、様式美溢れる映像を駆使して古臭さを回避しています。
不寛容な宗教や人間の欲望を風刺したかと思えば、地下鉄の風にスカートを煽られるマリリン・モンローさながらに、突然ティナが道路で水浴びをして恍惚の表情を浮かべる。これはオマージュでありつつ、皆が映画で見たがる “お決まり” を不必要に差し込むことで観客を挑発しているのかもしれません。
アルモドバル映画では初の少女役(アダ)も登場しますが、子供には相応しくない大人の世界に敢えて子供を差し込むことで、映画の定説をも挑発しているように見えます。
例えば元は男だったトランスジェンダーの女性に “過度な女性らしさ” を持たせることで、映画における女性像は表面的だと言わんばかりです。そしてその横には、純真だが間もなくティナに染まるであろう少女アダが必ずくっついている。どちらも本来的な女性であり、女性はその両面を持っていると捉えるべきでしょうか。
それに比べ、パブロ、アントニオというアルモドバル映画における男性陣はいつも通り貧弱です。
自己中心でありながら自身の行動の責任を取らず、何かが弱い。もしくは盲目的で過激。
これ以降の作品も含め、アルモドバル監督から見た男はいつもこのように描かれます。
