原題 | Léon |
製作年 | 1994 |
製作国 | フランス・アメリカ |
監督 | リュック・ベッソン |
脚本 | リュック・ベッソン |
音楽 | エリック・セラ |
出演 | ジャン・レノ、 ナタリー・ポートマン、 ゲイリー・オールドマン、 ダニー・アイエロ |
学生時代、一人暮らしの部屋に衛星用のアンテナを自分で取り付け、本格的にWOWOWを見始めたときに最初に観た映画がこれでした。何の予備知識もなく観て衝撃を受け、映画にハマるきっかけを作ってくれた思い出深い作品です。
公開のしばらく後、この脚本はリュック・ベッソンが作りたかった「フィフス・エレメント」の資金調達のために2時間で考えられたという点が話題になりました。言われると、4年前に公開されたベッソンの作品「ニキータ」に出てくる掃除人(ジャン・レノ)が連想され、また、マチルダとニキータにも確かに重なる部分がある。
登場人物はほぼ4人、ストーリーもシンプルなこの作品がどうして語り継がれる名作になったかというと、やっぱりジャン・レノとナタリー・ポートマンの役柄、存在感なんでしょう。
ジャン・レノはどの映画を見ても彼自身なんですが、トレードマークの丸眼鏡をサングラスに変え、寡黙で純粋な殺し屋役がこの映画の世界観にぴったりとはまっている。
ナタリー・ポートマンは本当に衝撃的で、この映画がデビュー作ながら圧倒的な演技力と存在感。ジャン・レノ、ゲイリー・オールドマンという個性派俳優と対等以上に渡り合い、観る人の感情をストーリーに引き込んでエモーショナルにしてくれたのは、間違いなく彼女のおかげです。後にハーバード大とイェール大に合格するなど本来はインテリですが、この役で見せた「不幸な境遇の中で生き抜こうとする陰と強さのある女の子」の演技は彼女にしかできなかったと今でも思っています。
大人になっても人生はつらい?
レオンは「少し精神的に遅く」、いつも牛乳(観葉植物と共にレオンを表すアイテム)を飲み、時間や決まり事に几帳面、一方でマチルダは背伸びをしつつ精神的には大人で機転もきく、口も達者。この2人のキャラクター設定が本当に素晴らしい。レオンとマチルダのやり取りにニヤリとしつつ、決して結ばれることはない未来を暗示しているのかもしれません。
レオン、あなたに恋したみたい。 お腹が温かくて、締め付けられる感じが消えたわ。
マチルダ、腹痛が治って何よりだ。恋とは関係ない。
ベートーヴェンは好きか?
ちなみに撮影中はしょっちゅうアドリブを入れていたようで、現場に踏み込んだ際に「ベートーヴェンは好きか?」と聞く部分もアドリブだそうです。これを書いていて気づいたのですが、同じ94年の作品「不滅の恋/ベートーヴェン」で彼はベートーヴェン役を演じているんですよね。
あなたを失いたくない。俺を失うことなんかない。君は人生の素晴らしさを教えてくれた。幸せになりたい。
ベッドで寝て、根を張りたい。また1人になることなんてないさ、マチルダ。
頼むから行ってくれ。落ち着いて。トニーのところで1時間後に会おう。愛してる。私もよレオン
なぜレオンは「愛してる」と言ったのか?
きっと、それが真実であり、親が子に言うようにレオンはマチルダに対して大きな責任を感じています。レオンは殺し屋であり、彼はその状況から生きて逃げる可能性が非常に低いことを知っていました。何とかマチルダに生き延びてもらうために、あるいは慰めるために言ったのかもしれません。
レオンはマチルダに会って以来、常に彼女を優先させてきました。マチルダが未来に生きるためにすべてを危険にさらしました。それがレオンが示した本当の愛なのでしょう。
もう安心よ、レオン
エンディングのセリフは、観客の感情そのものです。
レオンはトニーのところにたどり着き、再びマチルダと一緒になれるのかと一瞬思いましたが、悲しいことに、それは現実にはなりませんでした。
それでもレオンは一緒にスタンスフィールドを連れて行きました。それは悲しい結末で、レオンはもはや生きておらず、マチルダは再び一人という現実に、怒りと悲しみを感じざるを得ません。
それでも、この映画は素晴らしい。
この映画には人生と選択について考えさせるストーリーがあり、レオンがドアを開けなかったら、マチルダの運命はずっと早く終わっていたでしょう。また、レオンもマチルダに会っていなかったら、その後どのような人生を歩んでいたのでしょうか?
レオンが言ったように、マチルダは人生の意味を教えました。マチルダにめぐり合わなければ、トニーからもらった宿題に従って「掃除」するだけの人生だったかもしれません。レオンがマチルダに会ったとき、すべてが変わりました。マチルダはレオンに、存在するだけでなく、生きていることの小さな喜びを与えたのです。
役柄はあんなですが、本当はゲーリー・オールドマンはいい人なんです。