| 原題 | September 5 |
|---|---|
| 製作年 | 2024 |
| 製作国 | ドイツ・アメリカ |
| 監督 | ティム・フェールバウム |
| 脚本 | モーリッツ・ビンダー、 ティム・フェールバウム、 アレックス・デヴィッド |
| 音楽 | ロレンツ・ダンゲル |
| 出演 | ピーター・サースガード、 ジョン・マガロ、 ベン・チャップリン、 レオニー・ベネシュ、 ジヌディーヌ・スアレム |
もしここに織田裕二がいたら「事件は現場で起きている!」と叫んだだろう。
ルーン・アーレッジも同じように考え、本国にいる報道部門ではなく、現地のスポーツ部門に報道させることを決めた。
しかしそれは建前で、本音は “他社より生々しい実況をすることで視聴率を上げる” ためだ。
そんなビジネスライクな意思決定も含め、この映画は70年代にリアルタイム報道をどのように実現したかを知るためのプロセス・ムービかもしれない。
中東問題に詳しいピーター・ジェニングスがスタジオに残っていれば政治的な議論が飛び交うポリティカル・ムービーになったかもしれないが、彼は犯人の呼称について議論した後、残念ながら選手村に行ってしまう。
背景に関する深い知識や洞察、対立の見解、双方の意見などを置き去りにした “現在のネット社会にも繋がる現場映像主義” は、この時から始まったとも言える。
1972年5月
史上初めてテロ行為が世界中に生中継された。
視聴者はリアルタイム映像を見て何を知るのか?
実は何も分からず、ただ “映像=表面的事象” を見ているだけ。
一生懸命に他局が問題の根本や背景を解説していても、視聴者はリアルタイム映像を流すチャンネルを選んで食い入るように眺めてしまう。
単なる映像にジャーナリズムは存在しない。
事件は現場で起きているが、目は現場に置きつつも伝える主体である頭であり中心はスタジオなのだ。
そう思うと、この映画はいったい何を伝えたかったのか?
歴史的な題材を取り上げながら再現ムービーで終わってしまったところが非常にもったいない。
