| 原題 | The Apprentice |
|---|---|
| 製作年 | 2024 |
| 製作国 | カナダ・アメリカ・デンマーク・アイルランド |
| 監督 | アリ・アッバシ |
| 脚本 | ガブリエル・シャーマン |
| 音楽 | マーティン・ディルコフ |
| 出演 | セバスチャン・スタン、 ジェレミー・ストロング、 マリア・バカローヴァ、 マーティン・ドノヴァン、 キャサリン・マクナリー、 チャーリー・キャリック |
副題の通り、ドナルド・トランプの思想と行動の成り立ちを紐解く伝記娯楽作。
公開は2回目の大統領選前でしたが、良くこんな映画が作れたと感心します。
製作はカナダ拠点の有力なインディペンデント映画製作会社Scythia Films(スキシア/シシア/シージアなど読み方は複数表記あり)。
国際共同製作・資金調達・制作実務に強い会社で、『アプレンティス』以外だとロバート・エガースの 『ウィッチ』、ヴィゴ・モーテンセン初監督作 『フォーリング 50年間の想い出』などを製作しています。
この作品もカナダ、アメリカ、デンマーク、アイルランドからの出資を受けて製作されましたが、大手が絶対に手を付けない題材を見事に映画化までこぎ着けました。それだけで製作会社の勝利です。
しかし公開段階でも、政治リスクを嫌気して広告/宣伝や配給が思うように進まず、商業路線に乗らないのではないかと危惧されたそうです。完成版がトランプ称賛から程遠いという理由でトランプ支持の出資会社Kinematicsが権利放棄し、代わりにインディペンデント系の配給会社Briarcliff Entertainmentが窮地を救うことで、アメリカ国内の配給が決まりました。
Scythia Films創設者のダニエル・ベッカーマンは “リスクはあるが映画として価値がある企画” を拾う人であり、企画を選ぶ目も遂行する手腕も優れていますが、難題を受け入れつつも決して挑発的な路線ではありません。
そんなベッカーマンが選んだ監督がイラン人のアリ・アッバシでした。
アメリカ大統領の映画を作るのにイラン人を抜擢する発想もすごいですが、アッバシ監督が過去3作品で「怪物を生み出してしまう環境」を描き続けていたと知れば納得ですよね。
それでもヨーロッパ制作の小さな作品を3つしか作っていない監督に確信を持って声を掛けた勇気は、目を見張るものがあります。
この映画が実現したのは、ダニエル・ベッカーマンの “価値を見抜く目” と “企画力” と “推進力” の賜物でしょう。
そして、この映画は決して「反トランプ」ではなく、フラットな視点で作りつつも大いに揶揄しているところが面白いのです。
しかし、「怪物を生み出してしまう環境」というテーマが潜んでいる点を知っていれば、この映画は単なる娯楽作ではなく非常に興味深いものになります。
ドナルド・トランプは不動産会社の “典型的な2代目(しかも次男坊)” で、そのタイプに共通するのは “父親に頭が上がらず虚栄心だけは強いが世間知らずのボンボン” です。
もうまさにこのタイプ。それがどうして今のトランプになったのでしょうか?
人を追え 球は追うな
欲しい物を手に入れたいなら
人に集中しろ
この国は法より人だ
その答えは、ロイ・コーンという頭脳的極右の弁護士の影響を強く受たから。
一代でビジネスを立ち上げた叩き上げであれば確立された自己を持っていますが、悲しき二代目にそんな芯はありません。
だからロイ・コーンに心酔する。そしていつしか弟子が師匠を追い抜く。これはシェイクスピアのような(疑似的な)父子劇であり、師弟劇なのです。
Attack, attack, attack.
(攻撃、攻撃、攻撃)
Admit nothing, deny everything.
(何も認めるな。すべて否定しろ。)
Claim victory, and never admit defeat.
(勝利を主張しろ。決して敗北を認めるな。)
そして彼によって、トランプ以前のアメリカの政治思想や競争原理にも繋がる哲学が叩き込まれます。
まさにトランプの思想ですが、実際にはアメリカの右派思想であり、勝者の思想であり、成功信仰そのものです。
恐ろしいのは、「法律なんか無視」「金と恐喝で丸め込めば何とでもなる」「勝ったものがすべて」という思想が前提にあることです。
それが分かっていないと、アメリカという国は見えてきません。
前半でトランプはロイ・コーンから様々なことを叩き込まれます。
後半は一転して立場が逆転しますが、トランプの思考や行動に影響を及ぼす材料はなく、現在のトランプに近づいてきたところで終わります。
つまり、「現在のトランプがなぜ生まれたか」を描くのは1時間あれば十分だったということ。
実はものすごく単純だったのです。
そこがまた恐ろしいところで、”怪物が簡単に生まれてしまう構造” が既にあり、誰しもなり得るということです。
セバスチャン・スタンとジェレミー・ストロングによる特徴を踏まえた演技が面白いですが、そこばかりに目を取られると本質を見逃します。
そして、アメリカメディアは総じてこの映画に対して踏み込んだ批評をしていません。皆逃げています。
それらを踏まえて、この映画が出来たのは奇跡であり、しかもフラットな視点で示唆に富んでおり、皮肉だらけの描き方も娯楽作として面白い。
個人的には、非常に非常に見ごたえのある面白い映画でした。
