ディア・ハンター

原題 The Deer Hunter
製作年 1978
製作国 アメリカ
監督 マイケル・チミノ
脚本 デリック・ウォッシュバーン、 マイケル・チミノ、 ルイス・ガーフィンクル、 クイン・K・レデカー
音楽 スタンリー・マイヤーズ
出演 ロバート・デ・ニーロ、 クリストファー・ウォーケン、 ジョン・カザール、 ジョン・サヴェージ、 メリル・ストリープ、 チャック・アスペグレン、 ジョージ・ズンザ

映画が公開された1978年は、ベトナム戦争からアメリカが正式に撤退して5年目に当たります。
同じくベトナム戦争の後遺症を描きアカデミー主演男優賞・女優賞・脚本賞を獲った『帰郷』も78年に公開され、翌79年には『地獄の黙示録』が公開されました。
企画から上映まで数年かかることを考えると、撤退直後からベトナム戦争を描いた映画製作が本格化したことを意味します。
そういう意味で、1978年はアカデミー作品賞・監督賞・助演男優賞・編集賞・音響賞を『ディア・ハンター』が、主演男優賞・女優賞・脚本賞を『帰郷』が制し、ベトナム戦争を描いた反戦映画が賞を独占したターニングポイントとなる年でした。(ちなみに撮影賞は伝説的な映像映画『天国の日々』が受賞)

『ディア・ハンター』ですが、重い映画です…
もし午前中に観てしまったなら、丸1日心が重いです。
戦場の残酷な描写はわずかですが、戦争の愚かさを例えた “ロシアン・ルーレット” のシーンが何度も登場し、それだけで言葉を失い、心が締め付けられます。

舞台はペンシルバニア州クレアトン。
ペンシルバニア州はニューヨーク州の西隣にありますが、ピッツバーグを中心とした鉄鋼業が盛んな工業の州で、栄えているとは言えません。
クレアトンはピッツバーグ近郊にあり、映画で描かれるように鉄鋼業で何とか成り立っている田舎町です。
そして主人公たちはロシア系移民で、延々と30分以上続く結婚式と披露宴シーンも、ロシア正教の教会や民族舞踊が登場します。
披露宴のシーンは役者も3ヶ月ほど歌や踊りを練習し、セリフも含めてすべて同時録音で撮影されているため、映画には珍しい庶民のハレの場の現場感(良く例えるなら臨場感)がとても良く伝わってきます。

全体を通じて映画的な洒落たセリフは少なく、鉄鋼の街で交わされる日常生活の粗野な会話と行動(男同士のつるみ)が中心です。
前半1時間は悪く言えばグダグダですが、それを見させられることで彼らの日常と人物像と境遇が分かってくる。
ここがニューヨーク州なら普通の中流階級ですが、ペンシルバニア州の中流階級の偽らざる姿なのでしょう。

 

俺は木が好きだ
山の木はそれぞれ違う

お前だけが狩猟の友だ

主人公のマイケルと親友のニックは、この町の労働者の中では高い視点を持った人間です。
都市部に住んでいたら、大学を卒業して企業に勤めることもできたかもしれません。
ですがここで働けるのは鉄工所か商店くらいで、”鹿狩り” をすることが唯一の息抜きであり非日常を過ごせる瞬間です。
戦争に行く前の鹿は単なる獲物でしかなく、何も考えることなく “一発で” 仕留めることができた。
戦争に行くまでは…

中盤の1時間はベトナム戦争の非人間的な現実を描きます。
戦争において、敵/味方/非軍人に関係なく人の命は “無意味に”、”無差別に”、”無作為に”、”無配慮に”、いとも簡単に殺生される。
運よく命を失わずに済んでも、五体満足でいられなかったり、心を正常に保てないこともある。
“ロシアン・ルーレット” で代弁した描写は「正しく戦場を表していない」と多くの批判に晒されましたが、それを分かった上で個人的には “アレ以上の表現は無い” と言えるような見事なトラウマ表現だったと思います。

最後の1時間はマイケルの帰還後を描きます。
一見すると何も変わっていませんが、中身はすべて変わっています。
もう鹿は殺せません。
披露宴の酒場の隅に居た退役軍人の言葉の意味が、今のマイケルには良く理解できます。

 

ニッキー帰ろう
一緒に故郷へ

『ディア・ハンター』後の多くの戦争映画で主人公が “戦場に戻る” シーンが登場しますが、もしかしたらこの映画から始まったのかもしれません。
マイケルはニックを帰還させようと試みますが、それは叶いません。
この映画は結婚式で始まり、葬儀で幕を閉じます。
そして、最後に皆で口ずさむ「ゴッド・ブレス・アメリカ」が空しく響き渡る。

神は何を祝福したのか?
これからも、神は何を祝福してくれるのか?

戦争がもたらした悲劇を、マイケル・チミノ監督が独自の表現で鋭く描く。
決して緻密な作りの映画ではありませんが、その描写と役者の演技が胸を打つ。
これは記憶に残り続ける衝撃的な映画なのです。

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