アイリッシュマン

原題 The Irishman
製作年 2019
製作国 アメリカ
監督 マーティン・スコセッシ
脚本 スティーヴン・ザイリアン
音楽 ロビー・ロバートソン
出演 ロバート・デ・ニーロ、 アル・パチーノ、 ジョー・ペシ、 レイ・ロマーノ、 ボビー・カナヴェイル、 アンナ・パキン、 スティーヴン・グレアム、 ハーヴェイ・カイテル

マーティン・スコセッシ監督がギャング映画の総決算で描いたのは、人間マフィアたちの “老い” と “末路”。
スコセッシ監督もロバート・デニーロもアル・パチーノもジョー・ペシも、皆そろって良いお歳なのです。
歳を取ったからこそ、こんな映画を作りたくなったのでしょう。
しかし、娯楽性の低いこのストーリーで3時間を超える作品に出資してくれる製作会社はありませんでした。
しかも高齢俳優たちを若返らせる映像技術を駆使するため、製作費は1億6千万ドル!もしたそうです。
そこに救いの手を差し伸べたのがNetflixでした。
彼らは “格の高い” 映画を独占配信することで企業価値を上げ、オールドファンを呼び寄せることに成功しました。
スコセッシ監督はその後Appleの出資で『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を作りますが、スタジオ型の製作会社を非難しつつ、ネット配信企業からの出資に大変感謝していたそうです。

ノンフィクション小説である原作書籍のタイトルは「I Heard You Paint Houses」で、これは “殺し” を意味する隠語だそうです。
ですが映画のタイトルは『アイリッシュマン』。
原作ではジミー・ホッファを取り巻く長年にわたるマフィアの抗争をフランクの独白形式で描いていますが、映画では主題を変え、罪を重ねたマフィアたちの終着点を描きます。
アイリッシュマンというタイトルからギャング映画を想像できませんが、「イタリア系マフィアに身を置いたフランクというアイルランド人」という謎めいた人物に焦点を当てることでフランクの視点から物語を語らせ、”フランクとは何者だったのか?”、”彼は何を見て、何をやったのか?” を描いていく。

そして映画は老人ホームに暮らすよぼよぼのフランクから始まり、最後はまた老人ホームのフランクで終わる。
そこにギャング映画の貫禄は無い。
すべての抗争シーンも、あっさりと撃たれて終わる。
そして撃った側にも「〇年、頭に3発銃弾を受けて死亡」のように、突然字幕が現れる。
登場人物のほとんどは撃たれて死亡し、病死や老衰で亡くなった人はほとんどいない。
「暴力の世界に生きる人間の多くは暴力によって命を落とす」という、因果応報を超えた “虚しさ” や “バカらしさ” が伝わってきます。
スコセッシ監督は何本もギャング映画を撮ってきましたが、老いることでようやく “暴力の無意味さ” を撮ろうと思ったのでしょう。

多くの登場人物の中で、ジミー・ホッファだけは “裏のない正直な人物” として描かれます。
幼少期から人一倍 “世の中の嗅覚” に優れたフランクの娘ペギーが、なぜかホッファだけを受け入れる。
それは善悪とは関係なく、ホッファだけは “裏の顔” が無く、いつも正直に自分の考えを口にするから。
父フランクなんて、嘘ばかりの人間だととっくに見抜いている。
このペギーの描写がとてつもなく面白く、非常に示唆に富んでいるし、映画のテーマを分かりやすく力強く伝えています。
この部分は原作にもありますが、脚本のスティーブ・ザイリアンが映画用にペギーの存在を前面に出し、もう一人のナビゲーターとして中心に据えたアイデアは、さすが名脚本家と言えるかもしれません。

 

謝りたい。それだけだ。

何を?

その… いい父親じゃなかった。お前たちを守ろうとしていた。

何から?

いろいろさ。世の中には…悪い連中が大勢いる。

ペギーとは断絶しましたが、別の娘との会話もこの映画のテーマをすべて表しています。
フランクが答えた後、娘がフランクに対して呆れて憐れむ表情がすごいのです。
フランクは何も分かっていません。
「悪い連中=お前」であり、守るどころか危険に晒し、家族に何を謝るかも最後まで分かっていない。
これがギャングの姿であり、散々悪さをしてきた人々がいかに救いようがないかを表しています。

ラストでフランクは「ドアを少し開けといてくれ」と言います。
「誰かに襲われる」という恐怖心なのか、「誰かが訪ねてくるかも」という期待なのか分かりませんが、年老いて死ぬ間際の老人の元には、敵も味方も家族ももう訪れることはなく、間違った悔恨を抱えながら孤独の中で最期を迎えるのです。

 

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