| 原題 | The Motorcycle Diaries |
|---|---|
| 製作年 | 2004 |
| 製作国 | イギリス・アメリカ |
| 監督 | ウォルター・サレス |
| 脚本 | ホセ・リベーラ |
| 音楽 | スターボ・サンタオラヤ |
| 出演 | ガエル・ガルシア・ベルナル、 ロドリゴ・デ・ラ・セルナ、 ミア・マエストロ |
社会主義思想の革命家エルネスト・ゲバラ(チェ・ゲバラ)の自伝に基づいた青春ロードムービー。
監督は『セントラル・ステーション』『アイム・スティル・ヒア 』など、ラテンアメリカの現実を捉えてきたウォルター・サレス。
これは偉業の物語ではない
同じ大志と夢を持った2つの人生が
しばし併走した物語である
後にフィデル・カストロらと共にキューバ革命を成功させ、南米やアフリカや社会主義革命に加担したゲバラですが、この映画はとても純粋で瑞々しい視点で描かれており、過激な思想や政治的な意図はまったく盛り込まれていません。
ですが観客は主人公が後のゲバラだと知っているので、一人の若者の価値観を変えるロードムービーとしてだけでなく、「どうして過激な社会主義思想にのめり込むことになったのか?」を考えながら観ることができます。
伝記映画でありながら、表向きは青春ロードムービーとして描いたことがこの映画の秀逸な点であり、観客は2つの点で楽しむことができるのです。
船上で素足の水飛沫が聞こえ
空腹で暗く沈んだ顔が見えた
私の心は彼女と道の狭間で揺れた
どんな力で彼女から自分を解放したのか
彼女は苦悩を涙で曇らせたままだった
旅に出る前のゲバラは、恋人がいて冒険心があり、少し気取った普通の青年です。
しかし彼は旅を通じて思い通りにならない多くの現実に気づくとともに、権力や格差、病気によって虐げられた人々を数多く目にします。
そして南米の荒野や山岳地帯を走り抜け、多くの国の貧しい街、鉱山、遺跡、療養所を訪れることで、彼の眼にはそれらが “分断され、搾取され、忘れ去られたラテンアメリカ” として映ります。
その時の若者らしい素直な感情が、感受性溢れる美しい言葉で書き綴られる。
国境を越える時、胸をよぎるのは
いつも2つの思いです
残してきたものへの哀愁と
新たな地への興奮です
映画ではアルゼンチンを南下し、バリローチェからチリに移動します。
私も昔、「リオデジャネイロ → サンパウロ → イグアス →ブ エノスアイレス → バリローチェ → プエルトモント → サンティアゴ → イースター島」と南米を旅したことがあります。
ゲバラと同じくアルゼンチンからチリに入るのはバリローチェでした。
ちなみに今のバリローチェは山岳リゾート地なので、1日スキーをして遊んだ記憶があります。
彼らは船にバイクを乗せてすんなりと国境を越えましたが、私の時は長距離バスで、国境の検問では怖いけど面白い経験もしました。
(懐かしい地名が出てきたので少し脱線です)
彼らの悲痛な顔が忘れられません
この夫婦に出会ったことで
人間というものを身近に感じた夜でした
映画の中で貧しい共産主義者の夫婦や鉱山の場面が登場しますが、実際の日記でもチリでの貧困や共産党に対する政治的弾圧、日々のパンのために命を失うチュキカマタ鉱山の過酷な労働について触れています。
そういう意味で、細かな描写は別として、大まかなストーリーや出来事、抱いた感情は実際の日記に忠実です。
ハンセン病療養所で川を泳いで渡ったという出来事も、映画のような状況ではありませんでしたが、実際に取った行動だそうです。
見も知らぬ世界になぜ郷愁を感じるのか?
この文明を築いたのも滅ぼしたのも
僕たち同じ人間なのです。
これまで知らなかった現実を目にすることで、”知らない” では済まされず、”知ってしまった” 現実を正面から受け止める。
そして他人の苦しみを “自分事” とし、共感するだけでなく “思想” として芽生えさせてゆく。
僕らの視野は狭く偏りすぎていただろうか
僕らの結論は頑なすぎたのか
かもしれない
本当に正しかったかは別にして、その思想はやがて “革命” という行動になりますが、この映画では “正しい or 正しくない” という結果の前の一人の若者が変化していく瞬間を、美しい風景と共にとても人間的に捉えています。
素晴らしい映画でした。
