| 原題 | The Mule |
|---|---|
| 製作年 | 2018 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | クリント・イーストウッド |
| 脚本 | ニック・シェンク |
| 音楽 | アルトゥロ・サンドバル |
| 出演 | クリント・イーストウッド、 ブラッドリー・クーパー、 ローレンス・フィッシュバーン、 マイケル・ペーニャ、 ダイアン・ウィースト、 アンディ・ガルシア、 アリソン・イーストウッド、 タイッサ・ファーミガ |
相変わらずクリント・イーストウッドは卒のない映画を作り続ける優れた監督です。
2000年以降の監督作の半分以上は史実を基にした作品ですが、『人生の特等席』『クライ・マッチョ』『陪審員2番』のような小さな娯楽作も本当に質が高く、大いに楽しめます。
イーストウッド監督の映画は、「敢えて映画的な盛り上げ方をしない」に尽きると思います。
説明じみたセリフもないし、テンポも緩い、主人公は下降線を辿っている。
声高に何かを主張することはないが、”正しい行いは何か?” を常に考えさせてくる。
人生における “小さな選択” が積み重なり、(映画的ではなく)どこかで人間的な問題が起きている。
そして俳優と演技を中心に映し、オーソドックスな展開と編集を決して踏み外さない。
素晴らしい!
デイリリーは独特だ
1日だけ花開いて終わってしまう
時間と努力が必要だ家族だってそうよ
『運び屋』の主人公アールは、家庭以外を優先したくて優先してきたが故に、家族から拒絶された老人です。
「仕事ガ~」と言うのは良くある男の言い訳で、仕事も含めて単に家庭以外に楽しい場があるからそっちに逃げているだけです。
そんな寂しい老人に優しく寄り添うのは聖人か同類か詐欺師しかいません。
今回のケースは映画なので、寄り添うのは当然詐欺師です。
「荷物運ぶだけで大金が手に入るよ。でも荷物は見ないでね。」という言葉だけで十分。
荷物を見ないと犯罪に加担する意識は “言い訳レベル” にまで下がるのは魔法ですね。
お前は度が過ぎる 遊び過ぎた
だから今運び屋を
アールはお金に困っていたし、迷惑を掛ける家族もいないし、運転は好きだし、やることが無いので断る理由がありません。
少しは迷いますが、迷いは少しだけで、ブツは麻薬だと知りながら仕事を引き受けます。
良心は痛みますが、悪意はありません。
だから “これまでの人生の罪滅ぼし” のように、後悔の念を持ちながら運び続けます。
すると当然登場するのは『パーフェクト・ワールド』のような “追っ手” です。
『パーフェクト・ワールド』のようなので、捜査の網はザルで、なかなか捕まりません。
でもさすがにブラッドリー・クーパーは見逃してくれません。
運良く『パーフェクト・ワールド』のように射殺はされず、彼は罪を認めて服役します。
これは歳を取り落ちぶれていく人間を通し、”悔恨と許し”、”弱さと正直さ” を描いた映画です。
アールの人生は間違っていました。
家族に対する生き方を間違った上に、犯罪に加担する間違いも犯します。
失った時間は戻りません。
しかしアールは両方の行為を悔いて改心し、前者は家族の許しを得て、後者は法の裁きを受け、罪を償います。
人は人生を誤る。人に迷惑もかける。
でも悔い改め、許しを得ることもできる。
そんな映画でした。
なお、原題の「Mule」には、”運び屋” の他に “頑固者” という意味もあります。
うまく掛けていますね。
