| 原題 | The Power of the Dog |
|---|---|
| 製作年 | 2021 |
| 製作国 | イギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ |
| 監督 | ジェーン・カンピオン |
| 脚本 | ジェーン・カンピオン |
| 音楽 | ジョニー・グリーンウッド |
| 出演 | ベネディクト・カンバーバッチ、 キルスティン・ダンスト、 ジェシー・プレモンス、 コディ・スミット=マクフィー、 トーマシン・マッケンジー、 ジェネヴィエーヴ・レモン、 キース・キャラダイン、 フランセス・コンロイ |
2008年『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー監督に続き、ジェーン・カンピオンが女性として2番目のアカデミー監督賞を受賞した作品。
ジェーン・カンピオン監督は、『ピアノ・レッスン』に続き2度ノミネートされた初の女性監督でもあります。
人間ドラマと思いきや最後の最後でサスペンスに変化する構成、その結果、非常に計算された人物設計だったと分かる唸らされる脚本。
脚本もジェーン・カンピオンなので、彼女は映像作家であると共に優れた脚本家でもあることを再認識できます。
それが『ピアノ・レッスン』のようにプリミティブで雄大で荒々しい大自然の中、ドロドロの人間関係が静謐な映像で描かれる。
凄い映画でした。
でも、最終的に私は分かりせんでした。
観終わってから様々な解説を読んでも、やっぱり理解できない点が残ります。
それくらいこの映画は複雑です。
すべての登場人物の人間像が、前半と後半で揺らぎます。
ベネディクト・カンバーバッチ演じるフィルは粗野ですが、実は非常にインテリで、ピーターの能力を見抜いて受け入れます。
フィルの弟のジョージは良い人ですが、世俗的で妻の感情も理解できず、あまり頭は働きません。
ローズは夫亡き後生活を支える強き女性ですが、アルコールに溺れて周囲を破壊する寸前です。
ピーターは物静かで母親思いですが、恨み深く冷酷さを併せ持ちます。
そして中盤からフィルがピーターを認め、ピーターもフィルに着いていくことで関係を深めるが、実はピーターは最初からフィルを拒絶していた。
というように、この作品の描写は一筋縄ではいかない複雑な描き方をしています。
ではローズのアルコール中毒の原因は何だったのでしょうか?
フィルの存在自体のように見えて、実際は夫ジョージの配慮に欠けたプレッシャーであり、バーバンク家に居場所が無いことかもしれません。
結婚前にフィルはそうなることを見抜いていましたが、ジョージは無関心でまったく気づいていません。
1つ言っておく
お前の将来にはもう何の障害もない
ですので、ああいう結果を招いた理由は「母親をフィルから庇うため」という論評が多いですが、個人的にはそうではないと思っています。
ピーターは非常に賢いので、ローズのアルコール中毒の本当の原因は分かっていたはず。
なのにああいう行為に及んだ理由はだた1つ、冒頭シーンで “自分が傷つけられたから” なのでしょう。
母親がバーバンク家に嫁ぐことになり、それ以降ピーターは誰にも悟られずに復讐の機会を狙っていました。
そして、フィルが手を怪我したのを見て思いつくのです。
ピーターにとっての障害は母親ではなくフィルだったのです。
ではラストシーンでピーターが窓から眺めた光景は、どういう意味があるのか?
一見すると幸せなシーンですが、そのような雰囲気で撮られてはいません。
つまり、”アルコール中毒は治らないかもしれない=本当の原因はまだ残っている” と考えていると捉えることもできます。
自分のためにフィルが作ったロープを、ピーターはそっとベッド下に隠します。それは「暴力性の連鎖」を表しているのかもしれません。
知性を持っているから非暴力なのではなく、”知性と暴力性は別” であり、むしろ “知性による暴力” は引き継がれるとも見てとれます。
複雑にして恐ろしい映画でした。
