| 原題 | A Different Man |
|---|---|
| 製作年 | 2023 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | アーロン・シェインバーグ |
| 脚本 | アーロン・シェインバーグ |
| 音楽 | ウンベルト・スメリッリ |
| 出演 | セバスチャン・スタン、 レナーテ・レインスヴェ、 アダム・ピアソン、 マイケル・シャノン、 C・メイソン・ウェルズ、 オーウェン・クライン |
まったく真意が分かっていない邦題ですが、この映画の原題は「A Different Man」で、これはデヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』(The Elephant Man)を意識したものです。なので邦題も「ディファレント・マン」で良かったのかもしれません。原題だと「A」と「The」で冠詞が異なりますが、これはエレファント・マンが固有の人物を指しているのに対し、ディファレント・マン(別の男)は不特定多数の個人を指しており、“誰にでもなり得る” ことを意味します。
この映画のテーマは「“外から見た自分” は重要だが、顔を変えただけでは中身は変わらない」ということでしょうか。エドワードは普通の顔を手に入れますが幸せになれず、オズワルドは何も変えなくても幸せです。そのことを皮肉たっぷりに描くのですが、ビジュアル的にもかなり極端な例えなので、共感できるかはあなた次第かもしれません。オズワルドはエドワードの分身であり幻想で実在せず、エドワードの被害妄想世界なんだろうと終盤まで思ってました。そうではなく映画で描かれていたのは現実世界であり、すべてストレートに受け取って良いと分かった瞬間、「投げられた球は3000回転を超えるライジングボールだと気付き慌ててバットを出そうとするがボールは一瞬でキャッチャーミットに収まり、でも結果的にボールだった」という感じです。伝わりますかね… 圧倒されたバッターは手が出ないのに、スピンを掛け過ぎてゾーンを少しだけ外れたのです。
なぜかと言うと、オズワルドがエドワードの “反証” として作られ過ぎているからです。作られているというのは語弊があり、あれはCGやメイクではなく本物の人物なので、現実が映画的ストーリーを上回り、最強の “反証” になってしまうからではないでしょうか。更に映画的に都合良すぎる展開が “反論を許さない偽善的な説教” に聞こえてしまうのです。あれだけのハンディを抱えて半生を生きたエドワードを落とすのではなく、様々な苦悩や葛藤の末に希望が持てるような展開だったら良かったのかもしれません。
