冬冬(トントン)の夏休み

原題 冬冬的假期/A Summer at Grandpa’s
製作年 1984
製作国 台湾
監督 侯 孝賢(ホウ・シャオシェン)
脚本 侯 孝賢(ホウ・シャオシェン)、 朱天文
音楽 楊徳昌(エドワード・ヤン)、 杜篤之
出演 王啓光、 李淑楨、 古軍、 梅芳(メイ・ファン)、 陳博正、 林秀玲、 楊徳昌(エドワード・ヤン)

この映画が作られたのは1984年ですが、当時の台湾の状況を考えると1970年前後の日本と同じ雰囲気だったように思えます。 だとすると私が生まれるより前ですが、田舎の祖父母の生活、暇な里帰り、子供たちの閉塞感と無邪気さ、子供から見た世界など、この映画で描かれる雰囲気は手に取るように分かります。そのくらいこの映画は日本の “原風景” にも通ずるものがあり、台湾は中国より日本に近いのではないかと感じてしまいます

この映画では様々な出来事が起きますが、実際のところは少年が田舎で過ごす “暇な夏休み” です。少年が台北に帰りたがるのは病気の母が待っているからではなく、祖父母の家で過ごす毎日が暇だからです。そんな暇な夏休みですが、数十年後に振り返えると「あれは本当に起きたことなのか?」と自分の記憶を疑ってしまうような出来事が幾つも起こります。もしかしたら記憶はあやふやで、誤って覚えているのかもしれません。だからこそ、少年/少女たちの夏休みはいつも不思議なことが起こるのです。それはまだ “自分が見ている世界” が本当の世界と繋がっていないからであり、特に子供にとって不可解な事象を目にした時、その瞬間は何だったのかよく理解できず、後から思い返した時に自分なりの解釈で記憶を再構築してしまうからです。まったくの嘘や誤りではなく、良く分からなかった細部や周辺だけを自分が納得する内容で埋めてしまうのです。だからこの映画は「大人から見た事実」を描いたのではなく「少年時代の記憶」を描いたものかもしれません。

母親は重病ですが、子供たちは状況を良く理解していないようです。この年齢だと不安という感情はまだ芽生えていません。遠方の母の病状より身近に見かけた強盗事件や不思議な女性に関心があり、強く記憶に残るのです。そんな一夏の経験を、あやふやな記憶を辿りながら子供目線で描いたのがこの作品です。感受性が豊かな年代だからこそ記憶の中の世界は少し大袈裟ですが、でも子供たちにとってそれは豊かな経験であり、懐かしい記憶なのです。

なお、この映画の音楽はなぜかエドワード・ヤンが担当しており、父親役でも出演しています。エドワード・ヤン監督の1985年作『台北ストーリー』は逆に、ホウ・シャオシェンが共同脚本と共に主演しています。1983年にホウ・シャオシェンが『風櫃の少年』の編集をしているスタジオの隣でエドワード・ヤンが『海辺の一日』を編集していたことで2人は出会いました。その時エドワード・ヤンは「『風櫃の少年』にはヴィヴァルディの<四季>が合う」とアドバイスし、ホウ・シャオシェンは台湾公開後にミキシングし直してインターナショナル版としたそうです。共に「台湾ニューシネマ」を牽引してきた2人ですが、『風櫃の少年』や『台北ストーリー』など2人の初期の作家的作品は海外で評価されるものの、国内では1週間以内に打ち切りとなるなど厳しい時代を過ごしました。

 

話は変わりますが、これを書いていて自分の子供時代の不思議な記憶を思い出しました。それも夏の暑い日で、確か6~7歳だったと思います。家のリビングで姉と姉の友人が2人で「ゴムとび」をして遊んでおり、私は同じリビングで何もせず退屈に過ごしていました。しばらくすると突然大きなプロペラ音が聞こえてきたのです。うちの家は高台にあり、庭の向こう側は7~8mの崖になっています。その崖の下から轟音と共にヘリコプターが現れ、猛スピードで垂直に上昇し、あっという間に上空へと消えていきました。本当に一瞬の出来事で、でも轟音が聞こえ、庭に面したリビングの大きな窓からそれははっきりと見えたのです。当時は何が起きたのか理解できず、「ただビックリしたこと」として記憶に残り、後年思い返してみると「いや、そんなはずはない」という事実に気づき、「じゃあ、あれは何だったのか?」と今でも分かりません。ラジコンだったのかもしれないし、庭先ではなくずっと遠くに見えたものだったのかもしれません。しかし、30年後に姉に確認したら、「そういえばそういうことがあった。あれは何だったんだろう?」と言うのです。おおよその記憶は姉と一致していました。でも未だにそれが何だったのか分からないし、これから先も永久に真実は不明なのです。ちなみに崖の下は、昔も今もお墓です。

 

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