ブラックドッグ

原題 狗陣/Black Dog
製作年 2024
製作国 中国
監督 グァン・フー
脚本 グァン・フー、 ジ・ルイ、 ウー・ビン
音楽 ブレトン・ビビアン
出演 エディ・ポン、 トン・リーヤー、 ジャ・ジャンクー、 チャン・イー、 チョウ・ヨウ

中国からまた凄い映画が出てきました。観る前はどんな映画か想像もつきませんでしたが、ストーリーが存在するのかしないのか良く分からない謎の展開に、ところどころで挟まれるシュールでユーモア溢れる映像、そして “引き算の美学” をハイレベルに追及した唯一無二の映画でした。監督のグァン・フーは国家的な2つの娯楽大作を大ヒットさせた後、突然この映画を作ります。若いのかと思いきや、世代的にはジャ・ジャンクー(この作品に俳優として出演)やロウ・イエらと同じ第6世代と呼ばれる60年代生まれの監督でした。娯楽アクション大作と寓話的なヒューマンドラマを渡り歩ける監督は世界でも少ないので、実は貴重な存在です。

主人公のランは、冒頭からラストまでほとんどしゃべらない。まったくしゃべらないわけではなく、たまに2~3言だけボソボソとしゃべる。全体的に他の登場人物のセリフも少なく、状況描写は映像に頼っていますが、ゴビ砂漠の外れにある荒涼とした “捨てられた町” が舞台なので、寒々しく逃げ場がなく無気力な閉塞感に満ちている。まるでデッドスペースに作られた “あっても無くても良い無人の休憩所” のような場所です。そうした舞台に用いることで観客は人物と物語に没頭し、この作品の体験をより深めてくれます。映画では「赤峡鎮」という名前(鎮=町の意味)で、中央アジアの寒村を思わせますが、ロケ地は甘粛省の柳園鎮というかつて油田で栄えた町のようです。ものすごい辺境に思えますが、実際は「一帯一路」政策による中央アジアを横断する高速道路や鉄道から近く、近隣には栄えた都市もあり、中国全体を東西で見たら中央寄りなんですね。いや、中国はやはり広いです。

で、何を描いているかというと、“見捨てられた人たち” の再出発なんだと思います。主人公のランも黒犬も孤独で追われた身。町も動物園も人も動物も、同じく “捨てられた存在” です。彼らは自分たちの生活から多くを得ることができず今以上を期待することもできない目の前の朽ち行く社会や文化や物質にしか向き合えません。しかし死を待つだけではなく、誰かが “居場所” を作ってあげることで、何とか生き延びることができるのです。オリンピックの狂騒が同じ国の出来事とは思えない一方、日蝕は彼らにとって閉塞感を忘れられる一瞬の “非日常” で、だから人も動物もこぞって解放される幻想的なシーンが挟み込まれるのです。そして、何度チャレンジしても飛び越えられない溝に何度も挑みつつ、次の世代に少しでも生きる希望を残そうと奮闘します。

シンプルな映画に見えますが、何もない土地で大量の犬を使って撮影するという気の遠くなる労力を要しています(犬のシーンはほとんど実写)。これはグァン・フー監督が自身の美学に基づいて「もう一度映画の原点に戻りたい」という思いから作られた作品で、それだけに彼がこれまで作ってきた大作映画とは異なる深く複雑な感情を抱くことができました。

 

black-dog1