| 原題 | Inland Empire |
|---|---|
| 製作年 | 2006 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | デヴィッド・リンチ |
| 脚本 | デヴィッド・リンチ |
| 音楽 | デヴィッド・リンチ |
| 出演 | ローラ・ダーン、 ジェレミー・アイアンズ、 ハリー・ディーン・スタントン、 ジャスティン・セロー、 スコット・コフィ、 ダイアン・ラッド、 ジュリア・オーモンド |
デヴィッド・リンチ監督の遺作は、デビュー作『イレイザーヘッド』以来となる純粋なデヴィッド・リンチ作品へと回帰しました。これは彼の目指した映画の集大成であり完成形であると同時に、どう見ても崩壊した姿を晒しています。もしこの映画のネタバレを謳うブログがあればリンチ級の天才か大ウソつきであり、恐らくは後者でしょう。なぜなら意味を探そうにも何かがズレまくっており、各場面が登場する理由や、なぜそれが描かれているか誰も分からないのですから。
そしてこの映画では『ロスト・ハイウェイ』や『マルホランド・ドライブ』で見せた洗練されたスタイルは消失し、安価なソニーのデジカメで撮影された映像は粗く酷い状態です。鬱でダークなエドワード・ホッパーが描いたような部屋にいるウサギ人間(ラビッツ)で映画は始まりますが、紛れもなくあの世界はリンチの頭の中(=インランド・エンパイア=内陸の帝国)にしか存在しません。
大まかなベースは、『マルホランド・ドライブ』のようにリンチが想像する映画製作の悪夢なのでしょう。前作で一旦それを描き切ったリンチ監督は、今回は映画の構成や前提やルールを壊し、それでもなお映画でしか描けない世界を作り上げようとしたのかもしれません。そして脚本の完成していない状態で見切り発車し、まさに悪夢のように非連続で非現実で不明瞭な描写を重ね、目覚めるまで決して終わることがない世界を作り上げたのです。唯一の救いは、いつも彼の映画の女性主人公は扱いが酷く不幸のまま終わりますが、今回だけ救われる(というか現実世界に戻る)のはリンチ監督が歳をとって少しだけ優しくなったからかもしれません。それが自己批判なのか、自分が女性をどう表現してきたかまったく分かっていないのか、自身の映画的欲望が持つ女性への加害性を悪夢としてそのまま出しているのかは分かりませんが、まあ恐らく本人もそれは分かっていないのでしょう。
