ジュディ 虹の彼方に

原題 Judy
製作年 2019
製作国 イギリス
監督 ルパート・グールド
脚本 トム・エッジ
音楽 ガブリエル・ヤレド
出演 レネー・ゼルウィガー、 ルーファス・シーウェル、 マイケル・ガンボン、 ジェシー・バックリー 、 フィン・ウィットロック、 ロイス・ピアソン

ジュディ・ガーランド役のレネー・ゼルヴィガーを見て、「本当にレネー本人?」そして「これはジュディ・ガーランドなのか?」と思った人は多数いると思います。あまり似ていませんが、なぜ彼女が配役されたのでしょうか?
監督のルパート・グールドは後に「年齢が合っており、面白いし、歌えて、感情的な輝きがある、そして親しみやすいスター性がある」と語っています。これはイギリス映画なのでで、商業的に大成功したイギリス映画『ブリジット・ジョーンズの日記』で主演を務めたレネー・ゼルヴィガーは確かに親しみやすさがあったのかもしれません。それにハリウッドでの批判や挫折を経て2010年からはしばらく休養しており、そういう意味でもジュディ・ガーランドが積み重ねてきた苦労を表現できると踏んだのかもしれません。結果的に、この “意表を突いた配役” とレネー・ゼルヴィガーの高い演技力は驚きと共に高く評価され、2002年の『シカゴ』に続く2度目のノミネートで見事にアカデミー主演女優賞に輝くことになりました。(2003年の『コールド マウンテン』で主役のニコール・キッドマンを食う演技を見せ、助演女優賞は受賞済み) ”鼻の上に皺を寄せる得意の顔芸” を今回も幾度となく披露してくれます。

 

虹の彼方 どこか遠く
ずっと空高くに
魔法の国があるらしいと
昔、子守唄で聴いた

ジュディ・ガーランドといえば『オズの魔法使い』ですが、映画はその撮影シーンから始まります。ですが輝かしい子役時代ではなく、描かれるのはMGMの首領(ドン)であるルイス・B・メイヤーに搾取される様子。晩年まで続く薬物依存は既に子供時代から始まっていたという恐ろしさです。次に描かれるのは、MGMから放り出されて仕事が無い状況と3番目の夫との親権争いですが、ストーリーに大きな影響は与えません。「そういう事実があった」という “なぞり書き” 程度で、それが彼女の人生を決定づけた訳ではありません。5番目の夫についても同様です。確かにそういう事実はありましたが、これは “何が彼女の人生を奪ったのか” を描く映画ではないのです。

では何の映画かというと、「かつてロンドンに渡ってショーの舞台に立ったジュディ・ガーランドという女優がいた」ということを記憶してもらうための映画なのです。(としか思えない…) 彼女は子供の親権を得るための収入を得る目的で舞台に立ちます。”舞台が彼女を支えた” でもなく、”舞台の上では輝いていた” でもなく、”舞台に立つことでしか自分を保てない” でもありません。彼女は薬物やアルコールの依存症に苦しみながら、ただ生活と親権のために舞台に立っていたのです。しかしレネー・ゼルヴィガーの演技によって、歌が好きで舞台上からの観客との交流も嫌いではなく、”観客の期待値は若いころの歌唱力であり今の自分とは大きなギャップがあると自覚している元女優” という人物が解像度高く表現され、そのような状況であれば自然と起こり得るであろうパニックと、それでも保たなくてはならないプライド、自己不信に陥りながらショーマンとして抑制のない喜びを得る感覚を、まざまざと感じることが出来るのです。

 

虹の彼方 どこか遠く
空がとても青くて
そこではどんなに大きな夢も
必ず叶うらしい

ラストで歌われる「Over the Rainbow」は残酷です。『オズの魔法使い』では別世界や希望を表す少女の歌ですが、落ちぶれたジュディが歌うと “報われない現実” と “破れた夢” が思い浮かびます。

世界中の人がジュディにこの歌を求め、ジュディはこの歌に閉じ込められました。
そしてジュディは世界中の人に夢を与え、夢の外に置き去りにされたのです。

 

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