メガロポリス

原題 Megalopolis
製作年 2024
製作国 アメリカ
監督 フランシス・フォード・コッポラ
脚本 フランシス・フォード・コッポラ
音楽 オスバルド・ゴリホフ
出演 アダム・ドライバー、 ジャンカルロ・エスポジート、 ナタリー・エマニュエル、 オーブリー・プラザ、 シャイア・ラブーフ、 ジョン・ヴォイト、 ジェイソン・シュワルツマン、 タリア・シャイア、 グレース・ヴァンダーウォール、 ローレンス・フィッシュバーン

世の中の低評価っぷりにワクワクして観てみましたが、もっと酷いと思ったらそこまで酷くなかったかもしれません。意外と食べられました。ただ、何だろう、見た目がゴージャスで超豪華なビュッフェに行ったら

① 盛る器が小さ過ぎて
② 料理も配置も統一感が無くてバラバラで
③ おまけに料理長の思想が掛かれた額装が至る所に飾られていて嫌でも目に入る

感じでしょうか。つまらなくて “途中で観る気が失せる” とか “眠くなる” のではなく、”壮大に破綻した心意気” がむしろ気持ちいいのです。不味くて食べられないのではなく、大雑把な味で居心地も悪いけど、そう思って食べると食べられなくはない。

 

先導者は現状を把握して賢く行動すべき
無欠の人間・選択の世界を夢見るのは無益なり

テーマは良く分かるのですが、寓話、風刺、メロドラマ、SF、思想(文明論、政治論、都市論、芸術論、人生論)を全部詰め込んで並行に走らせているのに、一つの映画としてまったく統制されていないのです。盛り過ぎたCGと編集で無理やり繋げたのですが、それでも “破綻”と呼ばれることは免れないでしょう。そう、この映画はコッポラ監督の主張が見事に破綻していく様をスクリーンを通して眺めることができるのです。これはコッポラ監督が自分の思想を全部ブチ込んで脚本まで一人でやろうとしたからで、優秀な脚本家を招けば少しは回避できたはず。

 

君らには自分の望む人生を歩む生得権がある。
そう生きろ。
人間は自らを獣か荷役動物に貶めたと言わせてはならない。
人類は正しく “偉大な奇跡” と呼ばれるべきだ。
称賛されるべき生き物で夢を生む存在そのものなのだ。

アメリカや行き過ぎた資本主義社会に対する批判と、芸術至上主義を説き、「人類よ立ち上がれ!」と声高に叫ぶのですが、それを叫んでいる主人公のシーザー=コッポラ監督自身という見方が大半で、監督自身はそれについて言及していませんが、主演のアダム・ドライバーは「主人公はとてもフランシスだ」と語っています。また、「子供が男の子ならフランシスと名付けよう」というセリフも出てきます。そうすると、この映画のテーマすべてが「上から目線」になるのです。

また、「奥さん=愛すべき過去」「メガロン=理想を実現できる便利な未来」だとして、”それがストーリーにどう機能したのか?” がまったく分からないのです。この2つは繋がっているようで繋がっておらず、「途中で出てきて途中で消えた」感覚すら覚えます。「メガロン=コッポラ監督の思想」説だとすると、「俺の思想で人類をバラ色の未来に導く」とも取れる危険思想に繋がります。この辺りも良く分からず、破綻の一因になっています。

これまで「権力の中に入り挫折する様」「理想通りにならない現実」を描いてきたコッポラ監督ですが、今回の映画はまさに「実は権力者側にいる」自分自身の「理想にならない現実」だったのかもしれません。

 

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