Michael マイケル

原題 Michael
製作年 2026
製作国 アメリカ
監督 アントワン・フークア
脚本 ジョン・ローガン
音楽 ジョン・ウォーハースト
出演 ジャファー・ジャクソン、 コールマン・ドミンゴ、 ニア・ロング、 キーリン・ダレル・ジョーンズ、 マイルズ・テラー、 ジュリアーノ・ヴァルディ、 ローラ・ハリアー、 ジェシカ・スーラ、 マイク・マイヤーズ

批評家には好き勝手言わせておけばいい。「伝記映画なのに掘り下げが足りない」とか「あれが描かれていない」「これがない」など散々な批評だが、一体誰がマイケルの本当の心情や真実を知っているのでしょう? 好き勝手報じるメディアに取り上げられたマイケルは本当のマイケルではなく、我々が知るマイケルはステージ上のマイケルだけなのです。だから批評家に分かる訳はないのです。誰も知らないものを勝手に作り上げて描くことが、”批評家が評価する本当の映画” なんだと批評家自身が言っているのと同義です。

伝記映画って誰が観るのか? リアルタイムで良く知っている人よりも、圧倒的に過去の人物の方が多いでしょう。今の若い世代がリアルタイムのマイケルを見ていないように、この映画だってマイケルを良く知らない人が大勢観ているわけです。そうすると、「マイケルって(家族との軋轢はあったけど表面的には)こういうスーパースターだったんだよ」というこの描き方が万人にとってベストだったのかもしれません。だって誰しもが表面的にしか分かっていないのですから。一方で主演は甥のジェファーだし、マイケルの遺産管理団体と家族の一部が制作に近い位置にいたことで厳しく描けなかったという理由もあるでしょう。それでも父との確執はしつこいほど描かれています。それで十分ではないでしょうか。批評家はそれでも「成功のきっかけや成功後など、幾つかのターニングポイントを深く掘り下げて脚本家が心理描写すべき」と言っていますが、最初に書いたように、そもそもマイケルの内面は誰も分かっておらず、もし深く描写したらそれこそ “脚本家の創作” にしかならないわけです。とは言え、観客に対してアントワン・フークア監督はマイケルをどういう人物だと見て欲しかったのか、その意思や狙いがまったく分からないくらい無難でボヤけていたというのも事実です。

この映画はマイケルがカリスマ=「キング・オブ・ポップ」となる時代の直前で終わります。2度の児童虐待に関する訴訟はその後なので、そもそもこの映画で描かれる必要はないですし、訴訟自体が非常に怪しいものだったのでマイケルの疑惑は限りなくシロに近いグレーです。ただ、最初の訴訟は長期化によるイメージダウンを避けるために示談してしまったので、それがずっと尾を引いてしまいました。2度目の訴訟は完全に「極悪一家」のタカりであり、それに検察が乗っかってマイケルを小児性愛者扱いしたことで、今でもそれを信じている人が大勢いるのが現実です。確かにマイケルは大勢の子供たちをネバーランドの自宅や自室に招き入れていましたが、数名を除いては告発などしていません。数名が「虐待された」と告発していますが、証拠は皆無だし、恐らくは最初の示談のように金銭目当てと考えられます。もしクロなら複数の証言者から整合性のある言質がとれるはずですが、招待した大勢の児童数に対して告発が圧倒的に少なく擁護の声の方が多いので、客観的に考えて限りなくシロに近いグレーと言えるでしょう。子供たちを家や部屋に招いた行為自体がグレーなので、それは肯定しませんが… 本当にクロならジャニーズ事件のように死後に明るみになるはずなのですが、死後も何も出てこないということはやっぱり何もなかったはずで、検察とメディアが勝手に決めつけて作り上げたイメージなのです。なお、マイケルは2度結婚して、2度目の奥さんとの間に2人の子供を残しています。

マイケルの本当の人間性を知りたい人は、というかこの映画を観た人は必ず『THIS IS IT』を観てください。2009年に予定されていた世界ツアー「THIS IS IT」のリハーサルを追ったドキュメンタリーで、マイケルの素顔が良く分かります。才能溢れるプロフェッショナルでありながら、本当にフレンドリーで謙虚で皆から慕われる人物でした。残念ながらマイケルはこのツアーの4ヶ月前、リハーサル中に亡くなってしまいました…

 

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