決断するとき

原題 Small Things Like These
製作年 2024
製作国 アイルランド・ベルギー
監督 ティム・ミーランツ
脚本 エンダ・ウォルシュ
音楽 センヤン・ヤンセン
出演 キリアン・マーフィ、 エミリー・ワトソン、 アイリーン・ウォルシュ、 ザラ・デブリン、 ミシェル・フェアリー、 クレア・ダン

原題は「Small Things Like These(ほんのささやかなこと)」で、原作小説に準じています。この映画の邦題は『決断するとき』ですが、“巨大な悪しき宗教的慣習を前に名も無き人が見せた僅かな善意” を描いた作品としては原題通り『ほんのささやかなこと』の方が相応しく、この邦題は原作と映画のテーマを理解していないと言えます。

2002年のピーター・マラン監督作『マグダレンの祈り』、2013年のスティーヴン・フリアーズ監督作『あなたを抱きしめる日まで』でも描かれた、アイルランドのカトリック教会が運営した悪しき収容施設「マグダレン洗濯所」(リンクは英語版Wikipedia)を描きます。『マグダレンの祈り』では施設内に閉じ込められた女性視点で描き、今回の作品で母親役を演じたアイリーン・ウォルシュも出演しています。『あなたを抱きしめる日まで』は施設から解放された女性をジュディ・デンチが演じ、我が子を探す人生を描いています。カトリック系のマグダレン収容/更生施設は1700年代にイギリスで生まれ、法や制度や文化に守られながらイギリス/アイルランド/北米/北欧/オーストラリアなどに広まり、近年まで運営されていました。最後まで残ったのがアイルランドで、なんと最後の収容所が閉鎖されたのは1996年です。この映画で描いているのも1985年なので、そこまで昔の話ではないのです。

この映画が本当に描いているのはマグダレン洗濯所の恐怖だけでなく、”実情を知りながら見て見ぬふりをする町の人々”  です。宗教というお墨付きを得た “善意” を盾に、隔離して強制労働させて搾取し、多くの女性の人生を破壊している実態を人々は知っていますが、宗教をバックとした強大な権力を持った組織を前に行動を起こせる人などいないのです。主人公のビルは、町の人々や妻が現実を受け入れない様子を見て激しく動揺します。しかし、実母が奇跡的な幸運によってウィルソン夫人に助けられた過去を思い出し、ほんの僅かな “善意の鎖” を作り出します。しかしそれをするのがやっとで、根本的には何も変わりません。それどころか、映画が終わった後でビルの家族は路頭に迷っているかもしれません。だからこの映画のタイトルは「決断するとき」ではなく「ほんのささやかなこと」であるべきなのです。”ささやかな善意” こそが重要で、つい最近までその善意すら非常に危険な状況だった世界が我々の中にあったことを示しているのです。

終始重苦しいキリアン・マーフィーの演技も見ごたえがありますが、エミリー・ワトソン演じるシスター・メアリーの底知れぬ恐怖もまた凄い。二人が対峙するシーンでは、シスター・メアリーが表情を変えずに普通に発する普通の一言がものすごく怖いのです。だからビルは何も言えません。意見でもしようものなら “宗教的正論” で返されることが分かり切っており、絶対に勝てないのです。だから泣く泣くお金を受け取って帰るしかないのです。非常に見ごたえのあるシーンでした。

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