ペンギン・レッスン

原題 The Penguin Lessons
製作年 2024
製作国 スペイン・イギリス
監督 ピーター・カッタネオ
脚本 ジェフ・ポープ
音楽 フェデリコ・フシド
出演 スティーブ・クーガン、 ビビアン・エル・ジャバー、 ビョルン・グスタフソン、 アルフォンシーナ・カロッチオ、 デビッド・エレロ、 ジョナサン・プライス

主演のスティーブ・クーガンはコメディアン 兼 俳優ですが、優れた脚本家としても知られています。アカデミー賞にも多数ノミネートされたスティーブン・フリアーズ監督の『あなたを抱きしめる日まで』では主演と脚本を担当し、ヴェネツィア国際映画祭の脚本賞を受賞しています。その時、共同脚本を務めたのが今回の『ペンギン・レッスン』の脚本家ジェフ・ポープであり、スティーブン・フリアーズ/スティーブ・クーガン/ジェフ・ポープのトリオは『ロスト・キング 500年越しの運命』でも監督と共同脚本で組んでいます。どちらも実話を題材に、“制度や権威に軽視された一般人” を主人公にしています。そういう意味で、今回の映画は監督が『フル・モンティ』のピーター・カッタネオですが、スティーブ・クーガンとジェフ・ポープが組んでいる以上単なる動物映画にはならず、“個人の物語の背後にある制度や権力の問題” が自ずと持ち込まれるのです。。

最初スティーブ・クーガンは、ジェフ・ポープから「教師がペンギンを助け、そのペンギンによって少し良い教師になる映画」を考えていると聞いた時、動物映画という点を理由に出演を断ろうとしたようです。しかしブエノスアイレスを訪れ、軍事独裁政権によって反体制派などが拘束された施設を見学したことで考えを変え、「この歴史を映画に入れるべきだ」とポープに提案し、政治的背景が物語の前面に出ることになりました。

原作はこの映画の主人公にもなっているトム・ミッチェルが実体験を綴った回想録です。1975年、23歳だったミッチェルはアルゼンチンの名門寄宿学校で教師となり、旅行先のウルグアイで原油にまみれたペンギンを救う。海に戻そうとしても離れようとしないため、フアン・サルバドールと名付けて学校へ連れ帰った。やがてペンギンは学校の人気者となり、生徒や使用人たちと交流していく部分は基本的に実話に基づいています。一方、映画ではトムはかなり年上に変更され、過去に娘を亡くして人生に冷めた男という設定も創作され、政治状況も原作以上に大きく膨らませています。映画の舞台となる1976年のアルゼンチンでは、軍事クーデターによってホルヘ・ラファエル・ビデラを中心とする軍事政権が成立。その後「汚い戦争」と呼ばれる国家的弾圧が行われ、左派活動家だけでなく、学生、労働運動家、知識人など多数の市民が秘密裏に拘束され、「失踪者」となりました。南米では1960年代半ばから軍事独裁が連鎖的に樹立しており、ブラジルが1964年、チリとウルグアイが1973年、アルゼンチンが1976年から軍政下に入っていますが、この映画で描かれるのはそうした不穏で閉塞感に満ちた時代だったのです。

本作に惹かれた理由として監督のピーター・カッタネオが挙げているのは題材のそうした奇妙な組み合わせで、1970年代のアルゼンチン、英国式の寄宿学校、軍事独裁、そこに一羽のペンギン。実話でなければ思いつかないような取り合わせであり、「動物が人間たちに変化をもたらす」という小さな話と、国家による巨大な暴力を同時に描けることに魅力を感じたと言います。ただ、一貫してペンギンの存在を中心とした動物映画に社会問題を入れたことが良かったのかは分かりません。トムはペンギンや失踪事件の影響で変化を見せますが、どちらかというとペンギンの影響が強かったようです。危険を冒して独裁政権に立ち向かう必要はないですが、物語に政治を持ち込んだ以上、もう少し踏み込んで欲しかったです。

ペンギンのフアン・サルバドールがもたらす変化はとても丁寧に描かれていました。ペンギンは(匂いは別として)人気者であり人を惹きつける動物ということが良く分かります。マゼランペンギンは人を恐れず、すぐに慣れて懐くこともあるようで、映画の描写もあながち嘘ではないのでしょう。愛らしいペンギンがただそこにいるだけで(匂いは別として)、人が集まり、話し始め、笑顔になるのです。生徒たちは教師との距離を縮め、学校で働く人々もフアンに話しかける。閉鎖的な寄宿学校の中で、それまで別の場所にいた人間たちを一羽のペンギンが少しずつ繋ぎ合わせていく。クーガンはペンギンについて、人間のシニシズムを崩す存在として語っています。政治や社会についてはいくらでも冷笑できるが、目の前に油まみれで弱った動物がいれば、「自分には関係ない」と言って通り過ぎることは難しいと。

 

17年前あなたはさよならのようなものを言い
皆あなたは死んだと思った
私は硬く冷たくなって、あれやこれにさよならを言う
皆、私が老いたことに気づく
ある日、陽の当たる小道で少年と少女がキスをする
誰もまた同じやり方で愛せない
そのとき向こうであなたは微笑む
私はあなたの髪を撫でる

だからこそ突然死ぬことに対する喪失感が大きくて、愛するものの命の喪失だけでなく、フアンによって生まれた人間同士の繋がりまで突然失われたように感じられます。そしてトムには「自分がもっと注意していれば」という罪悪感もあったでしょう。偶然助けた命であり、自分が拾わなければもっと早く死んでいたかもしれない。それでも一度「この命を守る」と決めた以上、その死を簡単に運命として受け入れることはできません。誰かを大切にするということは、その存在によって幸せになることだけではありません。いつか失う悲しみと、「もっと何かできたのではないか」という後悔まで引き受けることでもあります。

その意味では、フアンがトムに教えた最後のレッスンは、”優しさには痛みが伴う” ということだったのかもしれません。大きな社会問題を前に一人の人間ができることは限られていますが、目の前にいる誰かを見捨てないことならできるのです。『ペンギン・レッスン』が描いていたのは、そんな小さな関心が人から人へと伝わっていく物語でした。