| 原題 | Sex, Lies, and Videotape |
|---|---|
| 製作年 | 1989 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | スティーヴン・ソダーバーグ |
| 脚本 | スティーヴン・ソダーバーグ |
| 音楽 | クリフ・マルティネス |
| 出演 | ジェームズ・スペイダー、 アンディ・マクダウェル、 ピーター・ギャラガー、 ローラ・サン・ジャコモ、 ロン・ヴォーター |
スティーヴン・ソダーバーグ監督が若干26歳で製作し、史上最年少でカンヌのパルムドールを受賞した作品。
まだ保守的な考えも多かった80年代に “いかがわしさ” を感じさせるインパクトあるタイトルですが、実際は「姉妹2人」「姉の夫」「その友人」の4人が繰り広げる会話劇です。しかし、会話劇に「性」と「嘘」という2つの要素を加えることで、これまで映画界がチャレンジしてこなかった人間心理の暗部に光を差し込みます。それこそが、この映画が “斬新” と解釈され、評価された要因でしょう。更に、「”話してしまう” という行為が肉体関係以上に人間関係の重要さを構築している」ことを暴いて見せます。肉体関係を “究極で替えの効かない表現” だと信じて描いてきた映画界も文学界も、「そういう切り口や見せ方があったか…」と驚くのです。
冒頭で5人目の登場人物として心理カウンセラーが出てきますが、この映画で “ビデオに向かって告白する” という行為はカウンセリングと同様に機能しており、シンシアもアンも告白することで自分自身の “ある部分” に気づくのです。シンシアは姉に対する劣等感から積極的に不倫を重ねていたが、ビデオに向かって告白することで姉の存在や承認欲求から脱却して自己を確立します。アンも同様にビデオに向かって告白することで、これまでの結婚生活で愛を感じていなかったことを自覚します。グレアムもまた、アンに撮られることで自己の行いを見つめ直します。
グレアムはかつては嘘つきだったが、もう今は嘘をつかない。アンは初めから嘘が嫌いだ。そんな二人は “ビデオに向かって告白する” ことで、これまで見て見ぬふりをしていた真実=”自分自身についていた嘘”を発見する。そのことで、二人は信頼関係を深め、ラストの展開へと繋がる。でも、本当に二人はもう嘘をついていないのでしょうか? 自分自身の性的嗜好や問題点は、本来人に公開するものではありません。それは「嘘をつくのが嫌い」とか「誰にも見られないビデオだから言える」というレベルを超えた人間の深い心理、言い換えれば “決して光を当てない場所” に隠しておくことがほとんどだからです。だから二人が映画の中で語っていた自己は、本当に真実を伝えているか実際には誰にも分からないのです。
その後のソダーバーグ監督は様々なジャンルの娯楽作や社会的作品を器用に渡り歩いて行きますが、本来の彼の作家性を最も表しているのはこの衝撃的なデビュー作です。さらにソダーバーグ監督だけでなく、これまで脇役に過ぎなかったジェームズ・スペイダー、 アンディ・マクダウェル、 ピーター・ギャラガー、 ローラ・サン・ジャコモの4人は、いずれもこの作品が注目されたことによってキャリアを大きく伸ばすことになりました。誰も消えることなく、それぞれが自分のキャリアを築いていったのです。そういう意味でも非常に大きな意義のある作品でした。
