婚礼

原題 Wesele
製作年 1973
製作国 ポーランド
監督 アンジェイ・ワイダ
脚本 アンジェイ・キヨフスキ
音楽 スタニスワフ・ラドワン
出演 ダニエル・オルブリフスキー、 エヴァ・ジエンテク、 アンジェイ・ワピツキ、 フランチシェク・ピェチカ、 マレック・ヴァルチェフスキ、 イザァ・オルシェフスカ、 マヤ・コモロフスカ

アンジェイ・ワイダ監督が、ポーランド国民の歴史と記憶を集合化した戯曲を圧倒的な熱量で映画化。作家と農民の結婚式を舞台に、知識人/芸術家/ブルジョワ/官僚/農民/聖職者/商人などが一堂に会し、ポーランド分割後の国民意識、階級対立、失敗した独立運動の記憶を狂乱的に描きますが、ポーランドの知識人でも初回は着いていけないほど “歴史を例えた会話” の乱れ打ちで、鑑賞後に復習必須の作品です。

19世紀のポーランドはロシア・プロイセン・オーストリアに分割統合された時代。この時期の知識人は農民に強い関心を寄せ、農民の力を利用して独立することを期待しました。この作品で作家の男が農民の娘と結婚し、婚礼に参加した知識人たちが農村や民俗衣装に浮かれているのはこのためです。しかし実際の歴史では、ポーランドの知識人は批評や構想を練るだけで行動せず、一方で農民も自分たちを統合する術を持たず、結局は何も起きません。だからこの映画でも知識人はひたすらしゃべり、現実の視点で農民がチクリと諭すのです。

更にこの作品では様々な幻想が出てきます。これは「スタンチク」「ヤクプ・シェラ」「ヘトマン」「ヴェルニホラ」「Chochoł(チョホウ=藁人形)」「過去の戦争による死者」などを例えているそうですが、知らない人にとっては “なんのこっちゃ” ですよね。その辺りはもうAIに聞くしかない。後で質問するためにも、一時停止しながら各場面を詳細にメモしておきましょう。

それにしても、戯曲・舞台が元になっているとはいえ、狭い家で大人数が歌い踊り、様々な人物が部屋を頻繁に行き来する様子をカットごとに撮影しなければならない映画作りは困難を極めたことでしょう。とにかく人物と一緒にカメラも激しく動き回り、ズームインとアウトを繰り返す。何度も撮り直す必要があるのに、役者たちもあの熱量をどう維持したのか不思議でなりません。

ここから先は作品内のセリフの意味をまとめました。

 

あなたは観察者のように見る。婚礼で靴は脱げない。

靴がきついという花嫁に対し、花婿は「じゃあ靴を脱げばいい」と返します。しかし花嫁は呆れて花婿に言い返します。知識人は「分かり切っているが出来ないこと」を言い、農民の方が礼節や常識をわきまえているという描写です。

 

ローエングリンを気取らないで。

社交的な誇張に過ぎないのさ。

記者の男に対し、農民の娘が言い放つ言葉です。ローエングリンとはワーグナーのオペラの主人公で、白鳥に引かれた小舟で現れる神秘的で高貴な騎士。要するに、ロマンティックで崇高な”救済者” のような男性像ですが、自分の半分くらいの年齢の娘に「芝居がかったロマン主義に浸るな」と怒られ、慌てて言い訳します。

 

蛾は光り輝くろうそくの火に誘われて
飛んでくる 飛んでくる
蛾は火の周りを楽しく一生懸命に夢中で飛び回る
羽を焼かれるとは知らずに飛んでいるのよ

この婚礼に集う人々のように、独立運動の夢や歴史を動かすという陶酔、民族的思想に人々は熱狂したが、結局大きな変化は起こせず自滅したという過去の歴史を例えたものです。知識階級のロマン主義への陶酔に対する批判でしょう。”祖国”、”民衆”、”蜂起” といった光の周りを、楽しそうに飛び回っているが、その火に触れれば犠牲を伴うのです。

 

怒りと血の時代があった
わしはこの目で見た
雪が溶けて血を洗い流していきおった

ポーランドには農民と上層階級が血で争った歴史(1846年のガリツィア農民蜂起/ガリツィア虐殺)があり、その記憶は表面上は消えたように見えても完全には消えていない ということです。この作品は1900年前後を描いており、その頃の知識人は農民の力に大きな期待を寄せますが、時間を少し遡ると農民は知識階級に反旗を翻していたのです。

 

あなたの国の話は全て終わりを告げた。
あなたの父はこの風潮を嘆いた。

父はなんでも許した。
搾取、商売、この私。

“古いポーランドはもう終わり、貴族的な理想もロマン主義的な使命感も既に死んで” いる状況を嘆いているが、実際は堕落/搾取/享楽を受け入れていたのも自分たちだという批判です。自己憐憫に見せかけつつ、実は嘲笑すべき反省点なのです。

 

現在あなたは多くの道化師を抱えている。
同胞よ慰めを!

良い道化師は少なくなる。
わしらは皆、灰色の服だ。

国の精神は死んでいる。
眠れよわが同胞よ。

これは宮廷道化師スタンチクの亡霊が発する言葉です。スタンチクは国王に使える道化師ながら、国王以上に国の未来を見通していた賢者でした。そのスタンチク曰く、「今の状況は多くの賢者がいながら既に国土は無く衰弱している。真実を発せられる批判的知性も減るだろうし、復興は遠い。せめて慰めあって眠りにつけ。」と言っているのです。

 

あなたの胸の下に手を当ててごらん。

そこは私の心臓よ。

そこがポーランドさ。僕たちは自分の半分しか知らない。

残りは誰が?

これは詩人と花嫁の会話で、この作品の核心に近い内容を指し示しています。ポーランドという国家は分割されて消滅し、既に人々の記憶にしかない。そして、本当のポーランドの領土/歴史/文化の半分は忘れられてしまったと嘆いているのです。そして “誰が本当のポーランドの姿を知っているのか?” という、この映画のテーマを示唆します。では一体誰が知っているのか?

それはもしかしたら、「スタンチク」「ヤクプ・シェラ」「ヘトマン」「ヴェルニホラ」「過去の戦争による死者」など、この作品に出てきた亡霊たちなのかもしれません。

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