セントラル・ステーション

原題 Central do Brasil
製作年 1998
製作国 ブラジル
監督 ウォルター・サレス
脚本 ジョアン・エマヌエル・カルネイロ、 マルコス・ベルンステイン
音楽 アントニオ・ピント、 ジャキス・モレレンバウム、 スチュワート・コープランド
出演 フェルナンダ・モンテネグロ、 ヴィニシウス・デ・オリヴェイラ、 マリリア・ペーラ、 ソイア・ライラ、 オトン・バストス、 マテウス・ナシュテルゲーレ、 カイオ・ジュンケイラ

この映画は失われた感情を探し求める女性と、父親を探し求める少年の物語です。年配の女性、幼い少年どちらも “自分が何者か” を探すために旅に出るが、それはウォルター・サレス監督の『ビハインド・ザ・サン(2001)』『モーターサイクル・ダイアリーズ(2004)』でも見られる光景であり、恐らくサレス監督の中の共通的なテーマなのでしょう。各映画の主人公たちは旅に出ることで新たな価値観に気付き、人生を変えるのです。自分ではなく肉親の痕跡を探す『アイム・スティル・ヒア(2024)』も、このテーマに沿った映画と言えるかもしれません。また、この物語は “実際に同じ経験をすることで大切なことを学んでいく” 様子を描いており、その点も『モーターサイクル・ダイアリーズ』と一緒です。ドーラはチェ・ゲバラのように革命家を目指したりはしませんが、彼女の心の中では確実に小さな革命が起きました。

映画は辺境への旅を続けますが、タイトルは「セントラル・ステーション」で、原題も「ブラジル中央駅」です。なぜなのか? 冒頭でドーラの元を訪れる様々な人々はブラジルに住む多様な人々を表しており、駅を行き交う大勢の人々や我先にと列車に窓から乗り込む人々、線路上で捕まり即座に射殺されるひったくり犯も含めてブラジルという “坩堝(るつぼ)”  を表す場所であり縮図なのです。そして中央駅はブラジル各方面へと向かう出発点。ドーラとジョズエは辺境へと遠ざかるにつれて共感が生まれ、人間性を取り戻します。そういう意味で、ここは “ブラジルの現在地”“出発点” なのです。

話は脱線しますが、私は過去に世界中を旅して2008年にリオデジャネイロにも行きましたが、他の都市と比較しても危険度はかなり高かったです。この映画と同じように普通の市街地の道路でひったくり犯が逃走し、ちょうど私の目の前で3人の男に取り押さえられてボコボコに殴られていました。この映画のように射殺はされませんでしたが、そうなってもおかしくない雰囲気でした。

話を戻すと、冒頭で述べたようにこの映画は少年の父親捜しではなくドーラの変化を辿った物語です。元教員であり代筆業で生計を立てるドーラが手紙を破棄する最低の人間ということにショックを受けるも、常に負の感情をまとって少年を邪険に扱っていた彼女が、いつの間にか少年とバディを組んで本当の優しさと自己犠牲の精神を持つようになる。何がきっかけで、どの場面からそうなったのか思い返してみても分からないくらい、脚本と演出とフェルナンダ・モンテネグロの演技が自然かつ巧みでした。また、ブラジル代表サッカー選手のような名前のヴィニシウス・デ・オリヴェイラも初演技とは思えない自然な演技で、『ニュー・シネマ・パラダイス』のサルヴァトーレ・カシオ(トト)を思い起こします。

この作品はアカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされましたが、この年は『ライフ・イズ・ビューティフル』が外国語映画としては異例の7部門ノミネートされた年だったため、外国語映画賞も主演女優賞も獲ることができませんでした。しかしその26年後、ウォルター・サレス監督は『アイム・スティル・ヒア』で見事アカデミー外国語映画賞を獲得します。セントラル・ステーションからの長い旅路でした。

 

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