インヒアレント・ヴァイス

原題 Inherent Vice
製作年 2014
製作国 アメリカ
監督 ポール・トーマス・アンダーソン
脚本 ポール・トーマス・アンダーソン
音楽 ジョニー・グリーンウッド
出演 ホアキン・フェニックス、 ジョシュ・ブローリン、 オーウェン・ウィルソン、 キャサリン・ウォーターストン、 リース・ウィザースプーン、 ベニチオ・デル・トロ、 ジェナ・マローン、 マーヤ・ルドルフ、 マーティン・ショート

原作は『ワン・バトル・アフター・アナザー』と同じトマス・ピンチョンの小説。
この映画も同じように、”ある構造の中で多くの登場人物が緩やかに繋がるストーリー” ですが、多くの枝葉が曖昧に描かれているので非常に分かりづらいです。恐らく原作も事件の詳細ではなく「この時代に何が起きていたのか」を記したものなのでしょう。

大きくは “ヒッピー代表” の主人公ドックと、“保守的秩序代表” のビッグフットの関係で描かれますが、そこにFBI、司法、不動産業界、共産主義、麻薬組織、医療機関、宗教が絡んできます。更に”ゴールデン・ファング(黄金の牙)” という謎の組織(船の名前であり、医療機関グループの名前でもある)が登場し、関係する様々な人が行方不明になったり再登場したりする。よくこんな複雑で収束しないストーリーを映画化したなと感心しますが、案の定、観た人も時代の暗部に巻き込まれ、部外者を立ち入らせない “霧” によって真相は分からず仕舞いです。

ストーリーは大きく3つに分かれています。1つ目は不動産王ウルフマンの幽閉。2つ目は医療グループを隠れ蓑とした麻薬組織、3つ目は潜入捜査官コーイの人生。順にみていきましょう。

① 不動産王ウルフマン
不動産開発で巨額の富を得たウルフマンですが、なぜか善行に目覚めて低所得者にも格安で不動産を提供する取り組みを始めます。それに不満を持つのは妻とその愛人だけでなく、国家機関もまたウルフマンを社会的に抹殺しようとします。結果的にFBIも関与し、カジノのオーナーに転身するという建前を使ってウルフマンは精神病院に幽閉されてしまいます。これは “国家ぐるみの不動産業界の闇” を描いているのでしょう。妻とその愛人、そしてドックの恋人シャスタがこの件にどこまで関わっていたかは定かではありませんが、個人が関与するレベルを超えているため、きっと表面的に利用されただけなのでしょう。

②麻薬組織
歯科医師による医療グループが麻薬を一般市民に売買し、歯科治療も行うことで二重利益を得ています。元々は反体制であるヒッピー文化の象徴だったドラッグは、やがて組織犯罪に利用され、そこには体制側の組織(医療機関)も含まれていたという皮肉的な事実です。富豪の娘は麻薬に溺れ、富豪の父が歯科医師グループの元締めを殺すように、麻薬組織も巨大資本(富豪)によって動かされているのです。船のゴールデン・ファングは最後まで謎でしたが、共産圏からも麻薬が密輸されているということでしょうか。

③潜入捜査官コーイ
彼は普通の妻子あるミュージシャンでしたが、ある日突然、国家権力によって日常が奪われ、強制的に別の人生を歩まされます。国家権力の前では庶民は無力で、成す術がありません。最終的にドックが交渉によって救出しますが、ある意味ドックが解決できたのは、たった1人の人生だけだったとも言えます。ドックが巻き込まれたのは不動産や麻薬に関わる大きな権力闘争でしたが、何も解決できないどころか、裏で何が動いているかすら掴めなかったのです。

というように、おおまかにはこの3つのストーリーで組み立てられています。では恋人シャスタとは何者だったのでしょうか? 愛人の誘拐劇に巻き込まれたように見えますが、実際はFBIが動いており、真相は定かではありません。そして突然戻ってきますが、その理由も良く分かりません。シャスタに関しては実は何も分からないのです。そしてもう一人、ナビゲーター役でソルティレージュという謎の女性が登場します。結局この映画はドックも含めてソルティレージュの語りによって進行するので、すべての物事が「この時代こんな事があった」という回想によって組み立てられているのです。つまりは、「こんな事があった=ヒッピー文化の終焉、麻薬の組織化、利権に群がる国家権力、国家権力による人権侵害、腐敗した医療や司法や不動産業界」を表現したかったのかもしれません。

“男の支配欲” や “群像劇” を得意とするポール・トーマス・アンダーソン監督にとってこの映画は “群像劇” にラベリングされますが、いつもの二転三転する惹きつける脚本ではなく原作を踏襲した緩い仕上がりなっているため、異色ともいえる作品でした。

 

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