童年往時 時の流れ

原題 童年往事/A Time to Live and a Time to Die
製作年 1985
製作国 台湾
監督 侯 孝賢(ホウ・シャオシェン)
脚本 侯 孝賢(ホウ・シャオシェン)、 朱 天文
音楽 呉 楚楚
出演 游 安順、 李 天祿、 田 豊、 梅 芳(メイ・ファン)、 唐 如韞、 呉 素瑩、 陳 淑芳、 周 棟宏、 蕭 艾

成長するにつれて時は飛ぶように過ぎ去るが、祖母と並んで歩いた道、道端で採った蕃石榴(グアバ)の実、屋台で食べたかき氷の味は記憶に留まり、決して消えることはありません。しかし、この映画は『冬冬(トントン)の夏休み』や『恋恋風塵』のように “記憶の断片” を描いた映画ではなく、少年が過ごした時代と環境を観察するように描いています。少年に焦点を当てた成長物語ではなく、中国本土から台湾に移住し、本土への帰還を望みながら願いが適わなかった家族全体を描いているのです。祖母と父は帰還を夢見て、母は結婚を後悔し、姉は家族のために学業を諦め、師範学校に通う長兄は家庭を支えられず、三男と四男はまだ子供で状況が分からず、次男の阿孝(アハ)はそんな家庭状況を見兼ねて苦しむものの仲間とつるんで毎日を過ごす。いつしか両親が亡くなり、祖母も亡くなり、何の支えも無しに台湾で生きていかなければならなくなる。そんな閉塞感に満ちた家族を淡々と描き出します。

祖母は中国本土の標準語ではない客家語を話す。台湾の地元民は閩南語を話す。だから祖母は屋台で言葉が伝わらない。祖母が何度も外で迷い、その度に違う人力車で家に帰ってきますが、車夫はそれぞれ異なる北京語の方言を話しています。子供たちは家では客家語を、外では閩南語を話す。というように、彼らは同じ中国とはいえ完全に異国の地に来ているのです。更に国民党が支配していた中華民国は台湾に追いやられ、本土は共産党が支配して1949年に中華人民共和国が成立します。だから公務員として1948年に台湾に渡った彼らは国民党関連の亡命者なのです。そういった社会的・政治的な動乱も背景にあり、親世代も子供たちも内戦の渦に巻き込まれた人達でした。

しかし、子世代にとって中国本土は故郷ではありません。とはいえ、彼らは台湾で成長し台湾に根付いているように見えますが、実際は彼らも親世代とあまり変わらない異邦人なのかもしれません。”祖国” という重要なアイデンティティが欠けており、親とも死別する。残った4人の男児の中で次男という微妙な立場だった阿孝(アハ)は進むべき方向性を失い、家族と社会の狭間に陥る。映画はそこで終わりを迎えますが、このあと主人公の阿孝(アハ)はホウ・シャオシェンとして個人と社会の間に立ち、進むべき方向性を見出し、台湾ニューシネマの中心人物となる。多くの障害を乗り越えた先に、新たな世界が待っていたのです。その事実は『恋恋風塵』のラストで祖父が話す「サツマイモと蔦の話」に繋がるのです。

 

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